ドリーム小説
逃げ脚だけは一流です 2-7
「もう、見張らなくていいんですよ」
その言葉に、ぼとり、アニスの瞳から滴が落ちて。
ぼとぼとと声を上げることもなく、彼女の頬は濡れていく。
皆、それを静かに見守る。
ゆっくりと立ち上がったイオンがアニスへと足を進める。
けれどそれに抵抗するようにアニスは後ずさって。
「アニス」
「だめ、です」
弱々しい抵抗。
「アニス」
「私、は、」
イオンはそんなものものともせず、名前を呼ぶ。
「アニス」
「ずっとあなたをだまして」
呼ばれる度にアニスは涙をこぼす。
「アニス」
「あなたにうそを付いて」
まるで傷口を増やすかのように
「アニス」
「あなたを守るはずの存在なのに」
イオンの伸ばした手から逃げて
「アニス」
「あなたに害をなすことしかしていない」
がたん、アニスの背中が壁に触れる
「アニス」
「イオン様、きれいなあなたが私に触れちゃだめですっ!!」
「アニス、僕の、僕だけの導師守護役」
イオンが、アニスを、抱きしめた。
弱い抵抗すべてを封じ込めるように。
その小さな体でどこからでるのか、不思議なくらい強い力で。
「知っていましたよ、全部。それでも、あなたの家族を守れるだけの力が、僕にはなかった。導師とは名ばかりの僕では。たちの力を借りなければ何一つなし得なかった」
決してその力は弱まらず。
むしろ強くなっていくようで
「アニス、あなたはいつだって僕を守ってくれた。僕はいつだってあなたに支えられていたんです。」
「イオン様、」
弱々しいアニスの声
「だから、いいんですよ、もう」
「いおん、さま」
イオンの言葉は静かに響く。
「あなたは自由になっていいんです」
それに抵抗を続けるアニスの言葉も。
「僕の導師守護役」
その言葉にアニスは力一杯イオンを突き放して。
「私はもう、あなたにそういってもらえる資格なんかないんですっ!!」
叫んだ。
「モースの命令でいろんな人を傷つけた!」
敬語も全部、殴り捨てて。
「全部全部、報告してたの!タルタロスが襲撃されたのも、六神将が先回りしてたのだって、全部!!」
涙でぬれた真っ赤な瞳でまっすぐにイオンを見つめて。
「イオンさま、わたしをゆるさないで」
先ほどまでの勢いは、消えて。
残るのは肩をふるわせる小さな少女。
「導師守護役所属、アニス・タトリン奏長」
イオンが、静かに言葉を紡ぐ。
「導師イオンとしての言葉を、あなたに」
強くはないのに、有無を言わせない響きで。
「アニス・タトリン。あなたは導師を守る立場でありながら、導師を危険にさらし続けました」
ゆっくりと、アニスが顔を上げる。
「平和の使者として行動した僕たちを妨害し続けた」
まっすぐと背筋を伸ばして。
「それは許しがたいことです。ですが___」
厳かに、彼は紡ぐ。
「あなたを許しましょう」
アニスが呆然とイオンを見つめる。
「そしてこれから先も導師守護役として僕の側に仕えることを命じます」
「・・・なん、で、」
絞り出された言葉。
そこに含まれる多大な疑問。
「これはあなたへの罰です」
それをまっすぐに見つめ返して
「許してほしくない、そう思うあなたを許しましょう」
ふわり、導師イオンの笑みを、彼は浮かべる。
「僕の側にいたくない、そう言うのならば、僕の側に置きましょう」
あいていた距離を再度つめて、イオンは座り込むアニスの側にしゃがんだ。
その小さな手にふれて、
「ここから先は、僕の、僕だけの言葉です」
ぽつり、言葉を落とす。
「側にいてください」
さっきとは違う、弱い声で。
「これから先、ずっと」
こつり、イオンは額をあわせあって。
「お願いですから」
ぼろぼろと涙を流すだけのアニスと目を合わせて
「僕を独りにしないでください、アニス」
そういってイオンは今までみた中で一番彼らしい笑顔を浮かべた。
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