ドリーム小説
逃げ脚だけは一流です 22
「見ないうちに随分と個性的な香りを纏う屋敷になったものですね」
「いや、なんかもう、ジェイドさん、本当にごめんなさい」
崩壊の予兆がみえるセントビナー。
そこへ向かうことに決めた一行だったが、夕暮れも近いため実際に行動を開始するのは翌日に決まった。
ルーク達には王宮の客室をあてがわれたが、ジェイドさんには自分の家がある。
そして彼の家で滞在し研究をし続けていた私がいて。
一歩、屋敷に足を踏み入れた瞬間、ジェイドさんは何ともいえない表情を見せたのだった。
勝手知ったる他人の家、とばかりにソファに座ったジェイドさんに調合したお茶を入れその前に腰をおろす。
「ジェイドさん、いろんな資料ありがとうございました」
彼からの質問が始まる前に、先に言っておきたいことがたくさんある。
「お役に立てたようでなによりです」
湯気を立てるお茶を優雅に口に運ぶジェイドさん。
久しぶりにみたその姿に思った以上に長い間、この人と離れていたことを改めて実感した。
かちゃり、手の中で調合途中の薬瓶が音を立てる。
彼の資料のおかげで新しく様々な効能をもった薬をつくりだすことができた。
どうしても完成することのできなかった薬も後一歩まで迫っている。
完成すればこれから彼らの旅を助けてくれるであろうことは確かで。
「どのような効能ができあがったか、お聞きしても?」
ジェイドさんのなに食わぬ問い。
それでも込められる期待はほのかに甘く、心に響く。
「以前の障気中和薬の効力と時間が長くなりました。それから、以前からイオン様によくせんじていた疲れがとれる薬をさらにバージョンアップに成功です。」
ジェイドさんの顔を見上げてふにゃり、笑って告げれば、彼の瞳は幾分かやわらいで見えて。
「それから、もう一つ」
告げるかどうか少しだけ、迷った。
手の中の薬が、重さを増す。
その薬は、きっと彼の心にある傷口をえぐる。
そして、何でそれを作ろうと思ったのか、問われるだろう。
それでも、これは、あの子達になくてはならないものだから。
「ずっと、作ってきた薬があるんです。ずっと先に進めなくて、完成させることは難しいと思ってた。でも、ジェイドさんのおかげで、後一歩のところにいます」
少しだけ、躊躇した私を、赤が射ぬく。
「それは、何の薬ですか?」
先を促すめがねの奥の紅い色が、ゆるり、揺れた。
「音素の、かいりを、止める薬」
かちゃり
カップが小さく音を立てた。
まっすぐとみた紅い色は、じわりと、揺れていて。
「なぜ、それを作ろうと?」
想像と違わぬ言葉に、思わず笑いが漏れた。
「あのこのこれからに、必要だから」
その言葉に、紅い瞳は閉じられ、深くため息がもらされた。
「あなたは、本当に___」
小さくつぶやかれた声。
それは私の耳に届くには小さすぎて。
「ジェイド、さん?」
ゆるり、立ち上がった彼が、ゆっくりと私との距離を積める。
彼のしたいことがわからないため、その一挙一動を見守る。
すらりとした長い足が、私へと向かう。
細く、それでいて力のある腕が私へと伸ばされて。
大きな、私とは違う強ばった手のひらが、私の頬を包み込む。
「」
低く少しかたさを含んだ声が、耳に響く。
紅の、後悔を携えたその瞳が、私を、とらえる。
「あなたは、私の罪をご存じで?」
罪
ジェイドさんにとって、あのことは、罪。
罪で、消しようのない過去で、過ちで。
それでも、私にとって、それは___
「一概に、罪とはいえないのでは?」
細められた瞳を、今度はこちらからまっすぐに見返す。
「だって、そのおかげで、私はルークたちに出会えた」
あなたが作ってくれた過ちは、私がこの世界を生かしたいと思える理由となって。
この世界で、共に生きていきたいと思わせる原因になって。
「あなたのおかげで、世界は多少なりとも救われた」
きっと、あなたが作り上げなければ、別の誰かの手によって、技術は開発されていた。
その誰かが開発した技術は、さらにひどいことに使われていたかもしれない。
けれどもそれはあなたじゃない。
あなたは、それを過ちだと気づいた。
「あなたの技術で私はこれからの未来を描き出せる」
だからこそ、告げたい
「レプリカの技術を開発してくれて、ありがとう」
心の底から、そう思う。
その言葉を告げた瞬間、体が熱に、蒼に包まれた。
「あなたはっ、ほんとうにっ!」
ぐっ、と痛いくらいに感じるそれ。
抱きしめられるという慣れない感覚に動揺、する。
「ジェイドさんっ、」
思わず名前を呼ぶが、代わりに腕の力が強くなるだけで。
なんだか、羞恥心よりも、まるで子供に縋り付かれているような感覚になる。
そっと、腕をジェイドさんの体に回して、なだめるように背中を撫でた。
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