ドリーム小説
逃げ脚だけは一流です 24
耳元でひときわ大きなため息がもらされた。
それがくすぐったくて、笑い声をあげる。
小さく漏れた笑いをとがめるようにジェイドさんは再びぎゅう、と腕に力を入れて。
そうしてそっと、私を離した。
「、あなたの薬は、いろんなものを救ってくれました。これまでも、そしてこれからも。あなたのおかげで救われた命がたくさんある。
これから、救われることになる命が、確かにある。薬の開発については、私の持ちうるすべての知識をお渡しします」
甘い甘い、蜜がこぼれ落ちるように、
それに、魅せられた。
「あなたに、心からの感謝を」
一度だって目にしたことのない、鮮やかすぎる笑み。
心臓が、ぎゅう、と捕まれたように早鐘を打ち始める。
きらきらと、世界が輝くように光を纏う。
思わずその赤い色を見ているのが苦痛に感じて、早々に目を離した。
「ジェ、イドさんに、そういってもらえるなんて、光栄、です」
絞り出した声はかすかにひきつって聞こえた。
それでも、必死に言葉を取り繕う。
「私の薬を、これからのみんなの旅に、持っていってください」
回らぬ思考で口からこぼれた言葉。
それを聞いた瞬間、ジェイドさんの纏う空気が、かわった。
「もっていく、とは?」
「大丈夫です。効能の書いた紙はお渡しします」
視線をさまよわせたまま、立ち上がり記入して置いたそれらを机の上へと持ってくる。
ルークとイオン達に開発途中ではあるけれど音素乖離の薬を
ティアには障気中和薬を。
疲れが取れる薬も一緒に。
それからそれ以外の薬についても効能を書いた。
だから、これをみんなの旅に役立ててほしい。
「これが効能の紙になります」
視線を合わせないままで、ジェイドさんに薬と共に紙を渡す。
否渡そうとしたのだ。
いつまでたっても受け取る気配をみせないジェイドさん。
怪訝に思い、先ほど外したばかりの瞳を、そっとのぞき込む。
「その必要はありませんよ」
ゆらり、紅が、また、魅せる。
「え、と、確かにジェイドさんには不必要なものかもしれませんが、できたら持っていてくださるとうれしい__」
私の言葉を遮るように、手が、のばされた。
「あなたがついてこればいいことでしょう?」
捕まれた腕が、あつい。
見つめられた場所が、熱を持つように、じわじわと体温が上昇する。
まさか、彼に言われるとは思ってもみなくて。
ルークやイオン達ならまだしも、ジェイドさんに引き留められるとは思ってなくて。
「足手まといは不要でしょう?」
小さく震える唇を舌で濡らして、言葉を振り絞る。
戦うことなどできない。
逃げることと、薬草を作る以外になんの特技も持たない私が、この旅でできることなんて、限られているのに。
私が作った薬は、役に立つけれど、私自身は足手まといにしかならないでしょう?
ぐ、と捕まれた腕がさらに強くなる。
「ジェイドさん__」
「私に再びあの恐怖を味わえと?」
「・・・え?」
再び遮られる私の言葉。
同時にもたらされる言葉は想像もしなかったもの。
意味をはかりかねて、赤を見つめれば、どことなく苦しそうに、眉をひそめていて。
「あなたが私の知らないところで、姿を消して、死んだかもしれないと言う状況に陥るのに耐えろと?」
「ジェイド、さん?」
ずずい、と、距離がつめられる。
「そばに、いなさい」
思考が、止まる。
目の前の、彼が誰かわからなくなる。
わたしは、こんなひとを、しらない
「私の、そばに」
捕らわれた思考は、うなずく以外の選択肢を与えてはくれなかった。
ほぼ無理矢理とばかりにうなずくことを強要されて。
明日からまた共に旅をすることになった。
本音を言えば、この旅は私にとって楽しみである。
彼らの向かう先は自分一人ではなかなかいくことのできない場所。
まだ知らぬ薬草や植物たちに出会える。
それはとても好奇心をそそられて。
より良い効果を、さらに進化した薬を。
求めるには研究しかないけれど。
そして、この世界のこれからに、彼らに関わり続けることができることは、うれしくて、同時にとても怖い。
だって、私はいつ死んでしまうかわからない。
そして、私がいるという障害がなにを起こすかわからないから
だからこそ、距離をとりたかったのに。
でも、心のどこかでは、共にいこうと言われたことに安心もしていた。
「・・・、あなたはどこで寝ていたのですか?」
明日に備えて、もう休もうという話になった。
寝室に向かうジェイドさんについて、私も彼の寝室に向かう、と。
共に部屋にはいった私にジェイドさんが怪訝な顔をしてきた。
失礼な。
「どうせジェイドさんが帰ってくるまでの間の予定でしたし、無駄な掃除をしたくなかったので。ジェイドさんのお部屋をお借りしていましたが、何か問題でも??」
本当は、なにもかも見知らぬ中で、たった一つ知っている匂いに、惹かれて。
唯一、安心できる場所だった。
こんなにも自分は弱かったのかと笑いがこみ上げるくらいには、彼の部屋でしか眠ることはできなくって。
「」
呼ばれたから、振り向いた。
そうすると、彼は思った異常に近くにいて。
「女性としての慎みを持ってください」
ぽん、と肩を押されて、気がつけば背中には柔らかい感触。
そして目の前にはジェイドさん。
理解できずに彼を見上げていれば、ゆるり、頬がなでられた。
「あなたの香りに包まれて、眠れと?」
ジェイドさんの言った言葉を考えて、考えて、
理解した瞬間、体中の体温が上昇した。
「ちが、ちがいますからね!!!?」
必死にどもりながらも言葉を紡げばくつり、のどで笑う声が聞こえてきて。
「あなたに他意がないことはわかっていますが・・・それでも私の香りがあってようやっと眠れるとは、かわいいですね」
頬に触れていた手が、離れて。
代わりとばかりに体を抱き込まれた。
「今日くらいはあなたに包まれて眠らせてください」
本当に、こんな彼は初めて見る。
※※※
甘いターンは終了。
次回からはようやっと本編に絡む予定。
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