ドリーム小説
逃げ脚だけは一流です 33
アッシュに呼び出されたオアシスにて。
彼の助言と忠告により、次の目的地がザオ遺跡に決まって。
けれども日の暮れ具合の結果、本日はオアシスにて一泊することとなった。
そして、夜。
眠ることができずにただ一人湖のそばに立ち尽くすお姫様が、そこにいた。
「ナタリア様」
呼べば、ふわりと金色をなびかせて彼女は振り向いた。
「珍しいですわね。、あなたがそんな風に私を呼ぶなんて」
困ったように、それでもきれいにお姫様は笑う。
お姫様、それは私にとってナタリア姫だけを表すもので。
だからこそ、ずっとそう呼んでいただけだったりするのだけれど。
「やっぱり、偽の姫、ですものね・・・」
ちがう、よ。
そんな顔をさせるために、名前を呼んだんじゃ、ない!
「ナタリア!」
ぐ、っとその柔らかな頬に手を当てる。
両側からつかむように上をむかせて、まっすぐとそのきれいな瞳を見つめる。
「聞いて、ナタリア」
敬称もなにもなしで、あなたを呼ぶ。
それはおそれ多いことで、とても緊張することで。
少し声が震えたのはばれてないと、いいんだけどな。
「・・・?」
揺れる瞳が私をうつす。
ナタリア、それはとても、きれいな名前。
「偽の姫?それがなんですか?」
「私にとってのお姫様は、あなたです、ナタリア」
「あなたが私にくれた名前は、そんなに役に立たないものだと思っていたんですか?
私が何度あなたの名前に救われたか、あなたはご存じない!幾度も、幾度も!
キムラスカという国で、見知らぬ薬売りである私を、民は、あなたの名前があるならばと笑顔で迎え入れてくれた。あなたが名ばかりの姫であるならば、民は誰一人として私を受け入れてはくれなかったでしょう」
畳みかける言葉の羅列。
どれも、心からの言葉たち。
「ナタリア姫。あなたの父がたとえ王でなくても、この国の民にとって、あなたはたった一人の姫様なのです。誰よりも尊い、気高いお方。あなたはいつでも民のためにあろうとした。その姿を誰が偽の姫などとおとしめることができましょうか」
ゆっくりと、その頬から手を離す。
そして代わりに頭に手をやって、優しくなでる。
「きれいな金色のお姫様。その言葉で足りないと言うならば、もう一つ。クレイは、昔から好き嫌いの激しい子供だったんです。その彼が、あなたに従っている。それだけで、私にとって信じるに値するお方なのです」
少しちゃかすように笑えば、ナタリアの表情が泣きそうにゆがんだ。
「ありがとうございます、」
小さく漏らされた言葉に笑い返す。
「それではナタリア。私は先に宿に戻っていますね」
くるり、踵を返して宿への角を曲がる。
まだオアシスにいたのか、という驚きよりもむすりとした表情を浮かべるアッシュに思わず吹き出した。
「ごめんね、アッシュ。いいとことっちゃったかな?」
「ナタリアが前を向けるならば、かまわん」
そういいながらもやはり眉間にはしわがあって。
「ありがとう。・・・アッシュ」
むすりとした表情をそのままにすれ違うアッシュ。
さらり、風に揺れる赤色に、ルークが重なる。
けれども、彼はアッシュだ。
「そういえば、」
先を進んだアッシュが立ち止まる気配がする。
そちらを見ず、ただ、言葉を紡いだ。
「ちゃんと紹介しあったことないなあって」
あきれたようなため息が聞こえてきたけれど、かまわずに続ける。
「私は・。薬草を煎じるのがお仕事」
返事はないけれど、立ち去る気配もなくて。
「最近開発した薬は__音素を引き併せるもの。音素爆発を、防ぐ効果も、ある」
ぴりり、世界が凍る。
「アッシュ。私はあなたに生きていてほしい。ルークが望んだからだけじゃなくて。私も、あなたが生きていく世界を、望みたい」
だから、どうか。
「私を頼って」
返事はなくて、ただ、足音が遠ざかる音だけが響いた
「生きていて、ほしいだけなんだけどな・・・」
小さく落とした言葉は、誰に拾われることもなく、地面とぶつかる予定だった。
「おまえは、いつもいつも、無条件に人を信じすぎるよな」
それは幼なじみの手によって拾われたけれど。
「あれ、クレイ。いつからいたの?」
ひょい、と現れたクレイ。
元々気配を読むのに長けているわけではないので、少々驚きながらも問う。
「おまえが姫様と話してるときから」
じとりとした目で見下ろされて思わず笑う。
疑うことが護衛の仕事。
だからこそ、人を信じることを、彼はおそれている。
けれど、私のことは無条件で信じてくれる。
そして、私もクレイを信じ続けることができる。
「ばかだなあ。私がクレイを疑うなんて、ないよ」
「・・・なんでそこまで俺を信じられるんだよ」
不思議そうに、居心地が悪そうにクレイが、問うた。
そんなの答えは決まっているよ。
「だって、クレイはそんなに器用じゃないでしょ?」
幼なじみは、困ったように照れたように頭をなでた。
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