ドリーム小説
逃げ脚だけは一流です 5
揺れる世界の先、地面から出てくる紫色の瘴気。
それをじかに受けたアリエッタはゆらりと体を揺らしてその場に崩れ落ちた。
「いけません!瘴気は猛毒です!」
イオンの声に皆が口元に手を当てる。
「吸い込んだら死んじまうのか?!」
ルークさんの言葉。
身近に感じた死の姿に恐れを感じたのだろう、顔色がひどく悪い。
「長時間大量に吸い込まなければ大丈夫。とにかくここを逃げ・・・!」
イオンの言葉に周りを見渡すが前も後ろも瘴気が噴き出ているために身動きができない。
「ええ、と確かここらへんに・・・」
マントの下の道具入れから出すのはいくつかのキャンディ。
「?いったい何を・・・?」
焦る皆のなか、おもむろに何かをしだした私にガイさんが声をかけてくる。
「はい、みなさんこれ舐めてください。」
取り出したキャンディを一つづず渡せば困惑の表情を返されて。
「おい!こんなもんなめてる時じゃないだろうが!」
「まあ、そうなんですけどね。でも、瘴気中和の効果があるんで」
ルークさんのもっともな言葉に苦笑いを返しながらも、その意味を説明する。
きょとりとした表情を見せたルークさんの口元に包をはがしたそれをあてる。
「大丈夫です。お薬ほど苦くはありませんし、私自身が甘くないと食べれないので」
大丈夫大丈夫、まずくないまずくない。
そういいながら何かを言おうとしたルークさんの口の中にキャンディを放り込んだ。
「ふむ、ではいただきます」
ジェイドさんが口にしたのに続いてガイさん、ティアさん、イオンもそれぞれ口に入れる。
自分でも一つ口に入れながら、ほのかに甘いそれをころりと転がす。
このキャンディはどちらかというと気休めにしかならない。
両親から教えてもらった瘴気中和の薬は作って時間がたつと効果が薄くなってしまうため常備してはいないのだ。
その効果を閉じ込めたのがキャンディーになるのだが、保存はきくかわりに効果はそこまで強くはないわけで。
「・・・今度は何をやりだすんだ?」
かばんから引っ張り出すのは薬を作る道具。
道具入れの中からいくつかの薬草を取り出してごりごりと作り出す。
が、まあそれは当然時間がかかるわけで。
ちらり、ティアさんに目をやれば、びくり、体を震わす姿。
それにふにゃり笑って見せれば視線を左右にさ迷わせて、そして意を決したようにぐっと視線を私に合わせた。
彼女の口から紡がれる綺麗な音。
それは世界に広がり私たちの中に沁みゆくように。
ふわり、淀んでいた空気がそれはそれは美しく変わっていく。
「ティア、いったい何を?」
「ジェイド!これは、ユリアの譜歌です!」
ティアの声を聴きながら作り上げる、瘴気中和の薬。
願わくは、この薬が彼女をも救うものとなってくれますように。
消えた瘴気
驚きの声を上げるガイさんたち。
説明よりもここから逃げるほうが先だと互いに言い聞かせ、ジェイドさんが足を向けるのは先ほど倒れたアリエッタのところ。
刃を彼女に向けるジェイドさんをルークさんがあわてて止めに入る。
それに返事を返すジェイドさんは確かに軍人で。
その心は一般人である彼にとってなかなか理解できないことだろう。
それでも、その心はなくさないでいてほしいものだ。
イオンの声に諦めたように刃をしまうジェイドさん。
彼も同じようにやさしすぎるのだろう。
ティアさんの譜歌へ対する問答を終えて再び歩み出した一行。
相も変わらず彼らに囲まれるように私はイオンと共に真ん中だ。
「なあ」
ひょい、とイオンとの会話に入ってきたのは赤い髪。
つまりルークさんで。
「ルークさん、どうしました?」
私の言葉に何とも言えない顔をしながら言葉を紡ぐ。
「その呼び方やめろよ。気持ち悪い」
まあそういうならばとルーク、そう呼べば彼は少しだけ恥ずかしそうに笑った。
「俺も呼び捨てにしてくれて構わない」
「私も」
それに便乗するようにガイさんとティアさんも言ってきたのでうなずけば二人もふわりと笑ってくれた。
・・・なんというか、このメンバーはみんなかわいいというか、綺麗だな。
「なあ、」
再びルークが私を呼ぶ。
振り返ってまっすぐとその目を見れば、ゆらりと瞬くきれいな緑色。
「って、その、病気とか、治したりできるのか?」
気まずそうに少しだけそっぽを向きながら問うてきたのはそんなこと。
ちらりと脳裏に浮かんだのはルークの帰りを待つであろう母親。
少しばかり体が弱かったような、そんな気がする。
「すべてを治せる、なんてことはいえないけど。それでも症状を和らげたりすることはできるよ」
だから、何かあったら言ってね。
「・・・そうかよ」
くるりと私から視線を外して、彼は歩みを再開した。
それを見ていればふわり、横の緑が小さく笑った。
「ルークはとても、やさしいですね」
本当に、心の底からのその言葉。
私も同意せずにはいられない。
助けたくて、皆にありがとうと、その言葉をもらうために、彼はこれからたくさんのことを成し遂げる。
それがよいことだろうと悪いことだろうと、それでも彼が前に進んでいることは確かで。
「イオンも十分やさしいよ」
ふにゃり、笑ってそういえば、イオンはきょとりとしたあどけない表情を浮かべた。
「とても、やさしい」
繰り返すように述べれば困ったように、それでもやわらかく笑顔をくれた。
「・・・僕のすべては作られたものですが・・・」
小さくこぼされたそれ。
一番近くにいた私にかろうじて聞こえたそれ。
けれど、聞こえないふりをしてやり過ごす。
そんなことない、その優しさはあなた自身の、イオンのものだと。
その言葉を口にすることは、できないから。
back/
next
戻る