ドリーム小説

逃げ脚だけは一流です 6








「証明書も旅券もなくしちゃったんですぅ。通してください。お願いしますぅ」

カイツールにあったのは小さなかわいらしいポニーテールの女の子の姿。

「月夜ばかりと思うなよ・・・」

その外見に見合わぬ物騒な言葉を吐いて彼女はこちらに気が付いた。


ルークにハートを乱舞させながら飛びつく彼女。
けれどもこちらに気が付いたとき一番にイオンを確かめて、小さく息を吐いたのを見た。
どんなに幼くても、彼女にとってイオンは守るべき相手で、大切な存在なのだろう。

「はわわ、どちら様ですかぁ?」

ひとしきりルークにアピールをし、ジェイドさんと言葉を交わした彼女はくるりとこちらを向きさりげなくイオンと私の間に入り込んだ。
不思議そうに問いながらもその瞳に宿る疑いの色。

「初めまして。です。薬草を煎じて薬をつくるのを仕事としてます」

「僕もの薬には助けられました」

ふわり、笑うイオンに虚を突かれたように彼女は口を紡ぐ。
が、

「!イオン様、薬が必要になるくらい大変なことしたんですか?!」

「あ、えと、それは・・・」

イオンの手を取って脈を図ったり顔色を覗き込んだりとせわしなく彼女はイオンの世話を焼く。

「ええと、あ、。この子はアニスです。アニス・タトリン。僕の守護役です」

「導師守護役所属アニス・タトリン奏長です」

逃げるように話を逸らしたイオンをむすりとにらみながらアニスさんは改めて紹介をしてくれた。

「よろしくお願いします。アニスさん」

「アニスでいいよ、。こっちこそよろしく」

手を出せばあっさりと握り返してくれた。
が、そのつかんだ手をぐい、と引っ張られ思わず前のめりになる。

「ルーク様と大佐は私が狙ってるんだから、手、出さないでね?」

耳元で放たれた言葉に思わず笑みが漏れた。



検問所、つまりそこは旅券がなくては通れない場所である。

「あれ?皆さん旅券は?」

ごそごそと旅券を出して振り向けば幾人かがどうしよう、という顔をしていて。

「どうやって検問所をこえましょうか・・・。私もルークも旅券がありません」

ティアの言葉にはて、なぜ彼らは旅券を持っていないのかと考える。
その瞬間

「ここで死ぬ奴にそんなものはいらねえよ!!」

紅の色が舞い降りる。

ルークに向かうその紅から慌てて距離をとる。
巻き込まれるわけにはいかないと思っての行動だったが、その紅は、ひどく、目を引いて。
キィン、と響く金属の音。
あたりに広がる喧騒。
それらをどこか他人事のように感じながら二人を見る。

「引け、アッシュ」

響いた声は低く低く、耳の奥に残るものだった。



「師匠!」

まるで飼い主に駆け寄るかのように、ルークはその人へと走り寄っていった。
・・・犬のしっぽが見えるような気がしたのは気のせいだろう。
褒めて褒めて、と外見に似合わぬ幼さを見せつけて彼は笑った。



ティアの兄。
ルークの師匠。
六神将のまとめ役。
なんだかえらく様々な肩書を持つお人のようだ、この人は。
武器を収めるようにいさめられたティア。
話を聞く気になったならば、宿屋へ来い。
そう言い残して彼は姿を消した。
彼の言う宿屋に足を向けた一行だったけれど、ぶっちゃけ私には関係ないわけで。

「ジェイドさん。ちょっと商売してきます」

ジェイドさんに声を軽くかけて宿屋とは違う方向、まあ軍部の医務室がある方向へと足を向けた。



さん、いつもありがとうございます」

何度かこの場所でも薬を下したことはあったため数人が私の顔と名前を憶えてくれていたようだ。

「いいえ〜。お役にたてたならよかったです。何かほかにいるものはありますか?」

手では作業を続けながら考えるのはこれからのこと。
私がしっかりと記憶していることは驚くほど少ない。
持っている情報は限りなく真実に近いのだろうけれど、それは正確さに欠けて。
とぎれとぎれ、まるで虫食いのようなそれらはあまり役には立たないのだろう。
その証拠に彼らが旅券を持っていない理由も、この場所で話される内容も、覚えてはいない。
今までは別段困ることなどなかったけれど、なんの縁か、関わり合いになってしまった以上、そのままのストーリーをなぞってほしくなどはない。
ならば、私にできることはなんだろうか。



「ふぉう!?」

突如耳元で名前を呼ばれて思わず奇声を発してしまった。
振り向けばあきれたような何とも言えぬ顔をしたジェイドさん。

「・・・今日はここの宿で一泊してから国境を越えます。も一緒に泊まりなさい」

提案ではなく断定のそれ。
なぜにこのように共に行動を強いられるのか、意味が理解できない。
それが顔に出ていたのか少しだけ口の端をあげてジェイドさんは笑った。

「あなたの作る薬に、興味がありまして」

ぞわりと、何かが背中を這うような悪寒。
それは目の前の彼からのもので。

「ああ、何も取って食うわけじゃありませんよ」

にこやかに笑うその眼鏡の奥、赤い瞳が、ただ、ゆがむ。
認めたのは薬だけだと、そう告げるようにただ彼は笑う。

「・・・お役にたてるなら何よりです」

商売でお客に見せるような笑みを浮かべて、ただ笑って見せた。

「それにしても・・・」

先が続かない言葉に不思議に思いその顔を見上げる。

「・・・もう少し色気のある声が欲しいものですね」

小さくつぶやかれたそれに思わずうるさいと返してしまった。
















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