ドリーム小説
逃げ脚だけは一流です 7
「船を修理できる整備士さんはアリエッタが連れて行きます。返してほしければ、ルークとイオン様がコーラル城へ来い、です」
国境を越えた先の港。
そこにあったのは燃える船と倒れ伏す人々の姿だった。
「私はここに残ります。ついて行ってもできることなど限られていますし。それならばここでけがをした方々を治療していきます」
アリエッタの要求に応じた彼らにそう伝えれば、ふむ、とジェイドさんが声を上げる。
「・・・まあの言うことも確かですしね」
彼が頷いてくれたため意気揚々と薬の煎じ道具を取り出す。
その場所でごりごりと作業を始めた私に驚いた表情をするのはアニス。
そういえば見るのは初めてか。
「アニス。これを」
そういえば、と思いながら取り出したのはいつぞやのキャンディ。
疲れを軽減させる効果のあるそれをアニスに渡して軽く説明を入れる。
それにアニスがうなずいたのを見て、再び作業に戻る。
譜術師が存在するこの世界では治療もほとんどがそれで行われるわけで。
けれどもそれは外側の傷だけ。
内側の疲れやストレス、病気などには届かない。
薬草、というとても不確かでしかないそれだけれども、確かに必要とする人たちは存在していて。
「」
「ふぃっ?!」
ごりごりと没頭していたというのに、その思考を遮るのは相変わらずこの軍人さんだ。
「いいですね?私はまだ、あなたに聞きたいことがたくさんあるんです。・・・逃げ出そうなんて、考えないでくださいね?」
瞳に宿る色は、昨日にも見たもので。
「・・・私を必要だと、そういってくれるならば、気が変わるまでは一緒にいますよ」
何よりも、その瞳から逃げれる気はしないから。
密かに出発した一行を背中で見送って、煎じあげた薬を持ち向かうのは医務室。
なんだかんだでいろんなところを薬を売り歩いていたため、至る所に知り合いがいる。
ここもその通りで、医務室に姿を現した私を見て数人が挨拶をくれた。
「・・・君は?」
治療された兵から話を聞いていたのだろう、すばらしい髭を持つその人はこちらへと体を向けた。
「・、と言います。薬草を煎じ売ることをお仕事にしてます」
ふにゃり、とりあえず笑っておけばいいかと頬をゆるめれば、目の前の男の人も微かに笑ってくれて。
「私はヴァン・グランツ、という。神託の盾騎士団の主席総長をしている。・・・ところで、、と言ったな?」
名を交わしあったところで、ゆらり、ヴァンさんの表情が変わった。
「・・・両親をご存じで?」
、それは私に残されたたった一つだけの家族とのつながり。
ああ、この人は、私の島を知っていたのだったろうか。
ふわふわと移行する思考をそのままに、目の前のヴァンさんを見続ければどことなく困ったように表情を和らげた。
「ホドで、有名な名だった。薬を煎じるのに長けているとてもいい夫婦だった」
薬を煎じ出したら娘の私をほったらかしで続けるような人たちだった。
まあ気がついた瞬間半泣きになりながら謝ってくる人たちでもあったから、憎んだりなんてできなかったけれど。
そしていろんな人から必要とされている人でもあって。
人の笑顔が大好きな人たちだった。
「ありがとうございます」
亡き両親を、その記憶の片隅にでもおいて置いてくれたこと、それは感謝したくてたまらないもので。
私の言葉に、ヴァンさんは苦く、笑っていたけれど。
「そういえば、なぜ、君はルークたちと行動を共に?」
必要とされる薬を配り、足りない薬を補充するために作業をしていれば後ろで私を見ていたヴァンさんが口を開いた。
「あー・・・ええと、なりゆき?ですかねえ?」
自分自身なぜ共に行動することになっているのかわからないのだ。
ただ、行き先が一緒ならば共に、ついでイオンの状態を気にしてやってほしい、そういわれただけで。
本当は、関わりたくないのであれば、すぐさまここから逃げ出したってかまわないのに。
それができないのはきっとあの蒼い軍人の瞳が余りにも怖かったからだろう。
そうか、と言葉を区切ったかと思えば、ぴたり、彼は行動を止めた。
「ところで、ルークたちはどうした?」
その言葉にうそをつけるほど強くはなく、さらに言えばその時のヴァンさんの鋭い視線を無視し続けられるほど、私の心は頑丈ではなかったのだ。
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