ドリーム小説
魔法87
※今回全部日本語会話です。
「 ちゃん 」
呼ばれたのは自分の名前。
呼んだのは、遠い記憶の声。
夕食が終わって、皆がそれぞれの時間を過ごし出すとき。
私も部屋に戻っていろんなことを整理しようと、そう思っていたのに。
呼ばれたならば立ち止まらないわけにはいかなくて。
ゆっくりと、声の主を見る。
私と同じ、黒い髪に黒い瞳。
最後に見たときに比べて、身長は高く、顔も大人びた。
それでも、あのころと同じ鮮やかな笑みを浮かべて、彼、睦月昴君はそこにいた。
「ちゃん、改めて久しぶり。」
ホグワーツの城の外。
この時間はもう肌寒い。
二人並んでゆっくりと足を進める。
「そうだね、久しぶり、睦月君」
あのころと同じ呼び方で、あのときとは変わった目線で。
緩やかに呼ばれる名前。
確かにこの人が私を呼ぶときに使っていた名称。
交わす言語は日本語。
私が私を偽らずにすむ、ことば。
「どうしてここに?」
どうやって切り出そうか。
ぼんやりと考えていれば、睦月君が先に話をふってきて。
ぴたり、足を止めて彼を見上げる。
「四年前、気がついたらここにいたの。」
嘘も偽りもなく、言葉少なに真実を述べる。
そうすれば見下ろす彼も足を止めて。
「俺も、それくらいかな。でも__」
目をすがめて、彼は続ける。
「俺の場合は、何かに呼ばれて。」
どくり
小さく心臓が音を立てた。
心の奥埋もれきっていた記憶がよみがえる。
私を求める黒い闇を
私を捕まえようとしたあの手を。
そして、よみがえる言葉
_あなたは犠牲の上に立っているのだと。_
それが真実だという保証もないのに、心臓が激しく音を立てだして。
「睦月君、」
私の言葉を遮るように、彼は笑う。
「聞いてよ、ちゃん。」
にやり、と。
「つまり、俺ってば、この世界に選ばれちゃったんだよ。」
「俺ってば、すごくない?なんとなく、そんな気がしてたんだよね。」
「あそこは俺の生きる場所じゃない、っていうのかね?」
怒号の勢い。
口を挟むまもなく、彼は続ける。
二三歩、進んでくるり、と後ろを向いて。
「この世界にきて気づいたんだ。」
沈みゆく太陽が、彼を縁取る。
「やっぱり俺は選ばれた人間なんだ、ってね。」
逆光で顔が見えないのに、なぜか彼が泣きそうに見えて。
思わず、手を伸ばした。
背伸びして、首に手を回して。
せいいっぱい、力強く彼を引き寄せて。
「ちゃん、」
先ほどとは違う、弱々しい声。
絞り出すような音。
彼の腕が腰に回って、私の体を抱きしめる。
かすかに浮いた足が宙を舞って。
その力強さが彼の今を、表すように。
「なんで、もっと早く現れてくれなかったのさ___」
ささやかれた言葉の意味を、今、聞けるほど私は強くなかった。
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