ドリーム小説







無色透明 15






___アイスバーグさんが暗殺されそうになった___


朝、目を覚まして一番に飛び込んできたニュース。

航海士さんと麦藁は彼の元へ向かって。

剣士さんは様子を見ると宿に待機をして。

コックさんと船医さんはロビンさんを探しに行くと宿をでた。

コックさんについていこうとした私は___今、ナミさんによって渡されたお金を手に、街の中にいる。


___必要なものを買ってきなさい___

___あなたの物を、ちゃんと手に入れなさい___

彼女はそう言って、私を送り出した。

あの船に私のものはひとつもない。

だからこそ、ちゃんと自分のものをもちなさい、と。


「私だって彼女を___」


艶やかに笑う、考古学者さん。

この街に着いてから、その姿を私は一度もみないまま。


仕方がない、とため息をはく。

私は何もできないし、私じゃ何も役に立たない。


今はやれと言われたことをとりあえずしてしまわねば。


うろうろと風が強くなっていく街のなかを動き回って必要なものを買っていく。

こんな時に大量の買い物をする客は珍しいのだろう。

新しい店にいくたびに、大丈夫かと声をかけられて、おまけだと何かをつけてもらえて。

それらにへらりと笑って答えながらまた、次の店へ。

もらったものを眺めながら航海士さんが喜びそうだな、とぼんやりと考える。

午後に近づいていくほどに、閉まっている店が増えていっているのは先ほど聞いた言葉のせいだろう。

”アクアラグナ”が近づいている。

そんな言葉がたくさん交わされるけれど、その言葉の意味はわからないまま。

”お嬢さんもはやく高いところに避難しなよ?”

優しい人の言葉に曖昧に笑いながら、また一つ店を出る

必要なものはだいたいそろった。

一度宿屋に戻って荷物をおいてこようか。

そう思いながら踵をかえそうとした、そのとき。


がらん


何か大きなものが落ちたような音が、聞こえた。

反射的に向けた視線の先。

そこにいたのは、足下に木材を散らばらせた一人の男。

こちらに背中を向けているけれど、間違いない。

間違いようのない、その人物。


「、狙撃手、さん」

私の小さな声が聞こえたのか、その人は大げさに肩をふるわせて。

そして、ゆっくりと私をみた。

特徴的な長い鼻、黒い髪、額につけたゴーグル

その顔は至る所に治療の後。

顔どころか体中彼は傷を負っていて。



彼の口が私の名前をかたどる。

けれど、そのまま何を言うこともなく、くるり、背中を向けて。



ああ、彼にとっては、私もすでに、仲間ではないのか



その事実を目の当たりにして、じわり、胸は痛んだけれど、それでも放っておける訳がなくて。

「重たそうですね、手伝います」

背中を向けたまま動き出す様子を見せない彼に言葉を投げる。

返事をもらわないまま、足下に散らばる木材を拾い上げようとして___。

「いい、大丈夫だ。___女に重いもんを持たせるわけにはいかねえからな。」

やんわりと断られた。

拾おうとしゃがみ込んだまま見上げた先。

困ったような彼の表情。

その瞳を見つめていれば、居心地が悪そうに身じろいだ後、狙撃手さんは、ちらりと、こちらをみてくれた。

「でも、気持ちはうれしい。ありがとな。」

私の視線を遮るように彼は私の頭に手をやって、一度、二度、優しくたたいた。

この街に来るまで、サニーの上で何度もしてくれたように。

「ここは危ないらしいから、おまえもさっさと避難しろよ。」

その言葉を言い終えると、彼は散らばっていた木材を背負い直し、よろよろとした足取りで海の方へと進んでいった。


「ウソップ、さん」

再度口に出した、彼を形容する言葉。

けれど彼は二度と振り向くことはせず。

呼んだはずのその言葉は、じわり、空気に溶けていった





宿に戻って荷物を置いて、ため息を一つ。

くるり、窓の外を見やれば、よりいっそう暗く澱む世界があった。


去っていく背中。

それをただ眺めることしかしなかった私。

引き留めようと思えばできたかもしれない。

でも、私はそれをしなかった。

だって、だって、

___きっと私が声をかけたところで、何も代わりはしなかった。

   本当に?


浮かぶ疑問


___私があの腕を引いたところで、振り払われておわりだったよ。

   やってもいないのに?


心の中の問答


___ほかの皆の存在と違うもの、私は重きを置くに値しない存在だもの

   どうして、そういえる?


感情が、にじむ


あの人は、困った顔をしながらも私をみてくれたのに。

あの人は、仕方がなさそうに私の頭をなでてくれたのに、

あの人は、あのときと変わらず私を心配してくれたのに?


 ___  ___


あの人は、ちゃんと、私を呼んでくれたのにっ!!




私は、彼を、引き留めようとも、しなかった




やる前からあきらめて、だめだったときを想像して。

起こってもいないことを心配して、先に逃げ道を作って。


いつだって、そう。

私はいつも、やらないうちに後悔する。



あのときも、エースさんも、追いかけようと思えば、できたはずなのに。

その結果、あっさりと暖かな手を失った。


標を、見失った。



もう、いやだ

そんな風に、後悔を続けるのは、もういや。


戻れるかもしれない。

そう思いながらもそのための行動を起こせず。

戻れないかもしれない。

そう思いながらもこの世界での居場所を確立しようともせず。


ここは私の居場所ではないと逃げて

ここにいるのは私の意志ではないと目をそらして



私は、何一つ、変われていないまま。


また、動かないまま、私は、あきらめるの?


ゆっくりと自分の手をみる。

視界の端、映った自分の黒髪。


彼女と同じ色の髪が、さらりと揺れた。


朝にあまり強くない私の目覚ましはいつもあの人、いつだって柔らかな表情で朝の挨拶をくれた。

私が異なる世界から来たと、そう言ったときもあの人は柔らかく笑っていて。

そして

”あまりこの世界に長くいてはだめよ?”

微睡む世界の中、現実であって現実ではない、そんな世界の中で。

彼女はそっと私に言った。


その真意も、意味も、何一つわからないまま、あの人は消えてしまったけれど。


そう、消えて、しまった。


私の前から、私たちの前から。




また、私は、なにも、しないの?




きれいな黒髪、理知的な瞳

でも、いつだってその瞳は深く沈んだまま

私は一度も彼女の心からの笑みを、みては、いない


違う


____違う、いまなら、まだ



ゆるり、顔を上げた。


ねえ、考古学者さん。


あの言葉の意味を私にちゃんと教えてください。

ここにいろ。そう告げてくる人たちの中唯一、早く帰れと言ってくれた、その意味を。

ねえ、ロビンさん。

その瞳の奥の闇の理由を、教えてくれなくてもいいから。

私がそんなあなたのそばにいることを、許してください。


扉へと足を向ける。

これは、私の本当の第一歩。


あきらめたく、ない。

失いたく、ない。


私にできないことばかりのこの世界だけれど、

私が動けば変われるかもしれないこの世界だから。



”いい?買い物が終わったら、宿屋でじっとしてなさい。置いていったりしないから、ちゃんと迎えにいくから”

航海士さんの言葉がじわり、浮かぶ。

橙色の鮮やかな彼女は、見た目に似合わず心配性だ。

まだ数えられるほど短い期間しか一緒にいないけれど、彼女はともすれば忘れられてしまいそうな私のちっぽけな存在をそれとなく気にかけてくれて。

けれど今は___浮かんだ言葉をそっと追いやって、また一歩足を出す。

ドアノブに手を触れようとしたそのとき、扉の外か聞こえてきた声。

「この部屋に麦藁が泊まってるって?」

「さっき娘が一人戻ってきた!今は中にいるはずだ!」

「捕らえて麦藁の場所をはかせるんだ!」

発せられた言葉は、思いがけない内容で。


麦藁

それは船長さんを表す呼び方。

その後に続いた言葉もどれも不安なものばかり。

ゆっくりとドアノブから手を離す。

そのまま扉の前にイスなどの家具を積み上げて。

マスターキーを持っているであろう、この宿の主人からすると大した障害にはならないけれど、時間稼ぎにはなるはず。

扉とは正反対に存在する窓をそっとあけた。

強風に部屋は大きくゆれたけれど、決して目はとじない。

泊まっていた階は3階。

見下ろした高さに恐怖で体はふるえるけれど


それでも、今は、進まなきゃ。


強風の中体を外へと引っ張りだして。

窓の縁をつかんで下の階の窓を足場に。


吹き付ける激しい風に体はふるえるけれど、足は、手は、しっかりと力を宿す。

あと1階。

そう思い息をついたのが悪かったのか。

吹いた強風に体がゆれて、あっけなく体は外へと放り出された。


「あ、」


感じる浮遊間、後、痛み。

幸いなことに落ちた距離は短かった。

息が詰まる痛みは、うずくまっていれば次第に収まってきて。

一度、二度、息を吐く。


そして、もう一度、前を見て。

「おい、部屋にいねえぞ?!」

「どこ行きやがった?!」

「窓が開いてやがる!」

先ほどまでいた部屋で交わされる言葉。

それから逃げるように、立ち上がって走り出す。


向かう先なんか、決めていない。

どこにいけばなにがあるかなんて、把握してない。


それでも、体は焦燥にかられて。

ただ、前に、ただ、先に。

バカの一つ覚えみたいに発せられる思考。


付き従う体

かすかに訴えてくる痛みなど、どうでもよくて。


足を前に踏み出して、腕を精一杯つきだして。


ステーション


視界のはしに映った言葉

見慣れた表示

駅の名前は聞き覚えがなかったけれど。

それでも、足は自然にそちらを向いて。


駆け込んだ構内。

人でごったかえすその場所。

所々違うけれど、でも確かにそこは私の世界の駅と似通っていて。

また足を、前に、進めた。



その先に、あったのは大きな列車。

私の世界とよく似たそれは、私を引きつけるには十分で。

と、その列車の影で、黒が、なびいた。

ゆっくりとそれにピントを合わせて。

じいっと見つめたその姿。


それは、間違いようもなく、探し人の姿。


とっさに足が、前に____


「っっ!?」

突然捕まれた腕、進行方向とは逆に働く力

”麦藁の仲間””捕まえろ”フラッシュバックする言葉たちに背中が冷たくなった。

先ほど彼らは麦藁と言っていた。

それは船長さんにほかならなくて。

なれば、彼が追われる理由になったなにかがあるはずで。

でも、それが何かなんて、わからなくて、


「・・・、ちゃん?」

こわばった体に広がった温もり

耳に響く柔らかい声。

ゆっくりと振り向いた視線の先、きらきらと輝く金色。

「さんじ、さん?」

驚いたのは私も、向こうも。

「どうしてここに?」

その言葉は彼も私も、両方が聞きたいもので。

でも、それよりも、今伝えるべきなのは

「サンジさん、ロビンさんがっ、」

コックさんはそんな私を慰めるように体に触れて。

そして、視界は黒で埋め尽くされた。

「え、」

「静かに」

耳元でのささやくような、声。

それに従えば、彼はほめるように頭をなでてくれて。

足が浮いて、どこかに移動させられたのがわかった。

そのままどんどん声は遠ざかっていく。

そして代わりに訪れる静寂。

不意に明るくなった世界。

彼によって移動させられたことを理解して、

「怪我は?」

低く、耳に届く声。

労られている、その事実に、混乱を起こしていた心臓は柔らかく解かれて。

地面と再会した足にほっとしながら顔を上げる。

目が合えばふわり、ほほえみが落とされた。

「だいじょうぶ、です。」

強ばった体で声を上げた。

痛みがないわけじゃないけれど、耐えられないほどじゃないから。

「・・・嘘はいけないな。」

煙草の煙をくゆらせて、彼は小さく息を吐く。

ゆっくりと彼の腕が私の腕に触れる。

先ほどさわられていたのとは違うところ。

そこは確かな痛みを発して。

言葉なく体をこわばらした私に、コックさんは困ったような表情。

「ごめん、ちゃんを一人にするんじゃなかった。」

心の底からそう思っている、そんな表情を浮かべるものだから、こんな時だというのに笑いが漏れて。

「だいじょうぶです」

痛くない、そう言って笑えば彼はますます困り顔。


彼の視線から逃げるように、先ほど考古学者さんが居たところに目を向ければ、そこにいたのは黒服の男たち。

見覚えのある背格好。

肩に鳩を乗せた人物に心当たりは一人だけ

彼は私に死という提案をくれた人。

「ルッチ、さん?」

その人はまったくこちらに視線をやる気配もなく。

ただ、まっすぐに前を向いていて

「カ、クさん・・・?」

その横大半が黒で覆われているけれど、間違えようもない。

それは、確かに昨日私にこの街を見せてくれた人。

「知ってるのかい?」

「メリーを査定してくれた人、で」

言いながらも目を離せない。



ああ、昨日の夜、二人が見せた色の理由を、理解、してしまった。

ぐしゃりと、泣きそうに表情をゆるませながら、大好きだといったそのわけを。

あの人たちが背負っているのは、何か重い、私なんかじゃ想像もつかないものなのだと。

長い鼻、特徴的なまんまるい瞳。

その目が私の方をかすかに見て、そして瞳を一度瞬かせると、

ふんわりと、笑った。

それは一瞬だったけれど。



確かに私を見て笑ったんだ。




昨日の私が動いていれば、何かがわかっていたのだろうか。


不意によぎったそんな考え。

けれど、問答するまでもなく、答えはでた。

私の言葉ごときで動くような彼らなれば、今、こんな状況にはなっていない。


もしもを想像する必要は、ない

あのときできなかったこと。

それを後悔するのは、終わりにしたい。


なれば、これから始めればいい。

今、できることを。

私、ができることを。


「!ウソップじゃねえか・・・!」

カクさんを見つめ続けていれば、コックさんの焦った声。

ゆるり、動かした視線の先では

ぐるぐる巻きにされた狙撃手さんの姿。


昨日、分かれた背中が、よぎる


一歩、動きそうになった足を踏ん張った。

今行ったところで私に何ができる。

できることをしないのは、怠惰だ。

でも

できないことをしようと無理に手を出すのは、傲慢だ。


自分の範囲で、できることを。


自分の行動で、起きる出来事を。



まちがえるな、かんがえろ。



ちゃん」


思考が、途切れた。

ゆるり、見上げた先、きらきらと光る色。



月みたいにきれいな金色。


太陽みたいな暖かさじゃない、見守るような温もり

彼の手が、私の頬に、触れて___



___あ、だめだ。



頭が指示するよりもずっと早く、体が、腕が、勝手に動いて。

目の前の金色に___優しさに、手を、伸ばしてしまった。



微かに息をのんだ音。



すらりとした見た目にあわず筋肉質なからだ。

ぎゅうと力を込めてみれば、慰めるように、ポン、と頭に手を乗せられて。

彼は小さく笑った。


「助けるのが遅くなって、ごめん。」


もう一度ぽん、となでられて体の力が抜けた。

本当は、大丈夫なんかじゃない。

一人にしないで欲しい。

そばにいて、守ってほしい。

ずっとずっとぎゅうってしていてほしい。

怖いことや痛いものから遠ざかって、あの世界みたいに柔らかい中、生きていけたら___


でも、それはできないって、知ってる。


だから



ぎゅう、ともう一度だけ力を込めて、そしてぱっと離れてみせる。


笑え笑え、自分に暗示をかけて、にっこり、笑顔を見せて告げる言葉。


「私は大丈夫。だから、ね、サンジさん___」


この人は、とても頭が切れる人。

考古学者さんの姿をこの人が見過ごすはずがない。

これから先、この人がとるであろう行動は、今までとは比べものにならないくらい、危険なものなのだと想像もできて。

だから、私にできるのは、足手まといにならないために、この人を___見送ること。


間違えるな。

私は、私でしかないのだから。

自分ができることを、判断を見誤まるな。


「ロビンさんを、お願いします。」


ふるえるな、震えるな。

声よ、体よ、表情よ。

偽りを纏って、虚を隠せ。


この場所で私はイレギュラー。

邪魔しかできないのだから、せめて、彼らの背中を押すくらいは。



笑え、笑え。


心の奥を偽って、笑え。

今ここで、私ができることはなにもない。


離れていた距離が、再度ゼロになる。

先ほどとは違って、息をのんだのは、私。

ぐ、っと強い力で抱きしめられて、耳元で低い声が、響いた。

「___ちゃんのところに、皆つれて、ちゃんと戻ってくるから。」


ゆっくりと、距離が開く。

こつり、額が重ね合わされて、穏やかな瞳が、見えた。




「そうしたら、おかえり、って言ってくれるかい?」












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