ドリーム小説







無色透明 9





あっさりと倒された敵は、そこら中に散らばっている。

べしり。
額に走った熱。

「・・・痛い」

それが何か、理解する前に言葉は口からこぼれでる。

顔を上げれば痛みをくれた原因である剣士さんがこちらをみていて。

「弱いくせに、俺を守ろうとしてるんじゃねえよ。」

あきれたような口調なのに、その表情は悪い笑みなのに。

それなのに、その瞳はどこか優しくて。

「おまえなんかに守られなくても俺は強い。」

追撃をかけてこようとする手を、全力で押し返そうとするが、簡単にそれはいなされて。

「おまえは俺らに守られてろ。」

再度走ると思われた衝撃は、優しく頭をなでられる結果に終わる。

「・・・ごめんなさい」

小さく謝れば手のひらがくしゃり、髪をかき回して。

「わかればいい。」

そのまま離れてく手のひらに少しだけ寂しさを感じた。

「んで、何でおまえまだ残ってんだ?」

ぐう、っと体を伸ばしながら剣士さんが問う。

「・・・気づいたら誰もいなくて。一人で出かけるのは怖くて。」

そう告げればくつり、笑い声。

「ばかなやつ。」

さげすむ言葉のはずなのに、それはどこか暖かい。

「俺は船番だからな。おまえにはついていってやれねえ。ほかの奴が帰ってくるのを待ってろ。」

ひらひらと後ろに手を振って、彼は再び甲板に座り込む。

そのままやっぱり眠りはじめるものだから、自由な人だと思いながらも笑いがこみ上げる。

彼のそばにそっと腰を下ろせば、ちらり、一度だけ視線を向けられたけれど、それだけで。

妙に居心地のよいその場所に座って、彼の寝息をBGMにして。
空を見上げた。


どうせ一人じゃ動けないし、まあたまには何もせずにゆっくりしてもいいだろう。

そんなことを思いながらしばらくぼおっとしていれば、突如日差しが、遮られた。

チカチカする世界の中、その影はどうみてもこちらに向かっているように感じて。

なんだろう、あれ。

飛んでくる、一つの、影・・・人影?

それは考えている間に一気に距離を詰めて。

ふわり、目の前に、降り立った。

「・・・え」

小さく漏れた音に、その人はゆるり、視線をこちらに向けて。

ウソップさんみたいに長い鼻。

帽子の下の瞳は丸く、ぱちくりと瞬く。

こてん、と首を傾ける動作はどことなく可愛らしくて。

「おまえさんは、この船のクルーかのう?」

「え、あ、はい。」

見た目に似合わない口調。

それでも、どことなくしっくりとくる話し方にうなずくことで同意して。

氷で海を渡る人がいるくらいだから、空から人がふってくるのも、この世界じゃ普通のことなんだろう。

ぼんやりと考えながらもその人に一歩、近づいた。

「あなたは・・・?」

後ろから感じる寝息。

一人じゃないという心強さに、常にはない積極性が働いて。

「ふむ。わしはガレーラカンパニーの船大工でカクと言う。」

私の質問に彼はにぱりと笑って答えてくれた。

「おまえさんとこの船長にこの船の査定を頼まれての。」

査定。

この船の査定。

つまり、この人は、カクさんはルフィさんたちと先ほどまで会っていたということで。

私から視線を逸らして、彼の瞳はこの船を写す。

ゆっくりと歩きながら触れて、何かを感じ取って。

「・・・マストも差し替えじゃな。」

微かな声。

表情は硬く、あまりよい状態ではないのが伺えた。

「ちょっと待ててめえ誰だ!」

不意に後ろから、温もり。

私をかばうように前にでたのは先ほどまで安らかに惰眠をむさぼっていた緑色。

ぐい、と私を後ろにやって、カクさんと向き合う

剣士さんの後ろからひょこり、顔を出せば、彼は困ったように眉をひそめていて。

「おお、すまん起こしてしもうたか。」

「査定に来た船大工さんだって。」

剣士さんに補足するように告げれば、彼はそうじゃ、とうなずいて。

「・・・そうか。メリーはどうだ?」

剣士さんの言葉に彼は深く帽子をかぶって静かな口調で言った。




「・・・残念じゃが、わしらの腕でも、この船はなおせん。」





淡々と述べられるその言葉たち。

目の前の剣士さんが息をのむ。

私は何も言えなくて、カクさんを見つめることしかできない。


「ほんとか?!そりゃ・・・」

「わしは本職じゃ。嘘はつかん。」

かわされる言葉の応酬。

剣士さんがゆっくりとマストを見上げた。

「もう、だめなのか、メリー」

小さくつぶやかれた言葉は、じわり、心臓に響く。

本当に無理なのか。

この世界どころか、この船のこともほとんど知らない私には、そんな問いかけすらできない。

ただ、胸の奥、ぐるりとしたわだかまり。



これから、あの麦わら帽子にそれを報告するのだろう。

あの笑顔が、満面の、笑みが、曇ってしまうの、だろうか。


じわり、沸き上がる焦燥。

胸の中をかき回すように生まれたそれは、手を当てたところで収まることなく。



あいに、いかなきゃ。

そばに、いってあげなきゃ。



カクさんをみれば、足の屈伸をしている。

どうやらこれから戻るようで。

剣士さんを追い越して、彼の服を、つかんだ。

「ん?」

飛んでいこうとしたその人は、私を見下ろして、こてんと首を傾けて。

思っていたよりも高かった背に、首を精一杯上に向けてその瞳を見つめた。

「ルフィさんたちのところにつれていってくださいませんか。」


カクさんは、また瞳を瞬かせる。

まっすぐに見つめ返し続ければ、彼はゆるやかに笑みを浮かべて。


「・・・仕方がないのう」


口ではそう言いながら、実際には思っていなさそうな、そんな顔で。

「わ、」

ふわり、浮き上がる体。

ひょい、と彼は簡単に私の体を抱き上げた。

それも、子供にするみたいに、片腕に乗せて。

不安定なそれにあわてて彼の首に手を回す。

「しっかり掴まっとれ」

その状態で一回、二回、屈伸を行った彼は、ぐ、っと足に力を入れて。

甲板を蹴って、走り出した。

「ちょっと、いってきます、ね!」

急激に遠ざかる剣士さんにあわてて声を投げかければ、彼はひらりと手を振ってくれて。

ぐん、と体にかかる力が強くなる。

思わず目を閉じて、首に必死にすがりつく。

くつり、笑い声。

「おまえさん、名前は?」

そういえば名乗っていなかった。

今更気がついた事実に、あわてて口を開く。

です」

「ふむ、、じゃの。」

びゅんびゅんと耳元で走る空気の音。

自分から望んだこととはいえ、思った以上のスリルに、体は強ばるばかり。

、目を開けてみい」

促されるように囁かれるけれど、なかなか動けない。

「大丈夫じゃ。絶対おとさん。」

柔らかく響く音。

安心できる穏やかさに、ようやっと体は反応してくれて。


ゆっくりと、世界を、写した。



青い空

白い雲

空を写したかのような蒼色の海。

きらきらと反射する光は、優しく世界を映し出す。

眼下に広がるたくさんの水路や商店。

何か乗り物に乗って、そこを行き交う人々。

響く声、ざわめく世界


確かに、人々は、この場所で、存在していた。



息が、止まる。

私は知らなかった。

この世界がこんなにも綺麗なものだったなんて。

私は気がつかなかった

この世界は私の世界と変わらず人々が生活しているという当たり前の事実に。


「綺麗じゃろ?」


宝物を自慢するように、見せつけるように、彼は誇らしげにそう言って。

ゆるり、怖さも忘れて見た彼の顔。

瞳はきらきらと、愛しげにこの場所を写す。

「カク、さんは、」

私の呼びかけに、彼は世界から目をそらす。

「この島が、本当に、」

首に回していた手を、彼の頬にあてて、笑う。

「大好きなんですね。」

「っ」

今度息をのんだのは、彼のほう。

私の発言に、目を見開いて、はくはくと、口を開け閉めして。

瞳を、揺らした。


「っ、ああ、大好き、なんじゃよ」


次に浮かんだあきらめたような、どこか泣き出しそうな危うげな瞳を、私はいつまでたっても忘れることはないだろう。











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