ドリーム小説
恋というには幼いそれは 6
「なあ、俺がテニスしちょるとこ、みに来ん?」
それは本当に唐突なお誘いだった。
「このプリント、大事だからよく読んでおけよ」
ホームルーム中。
相も変わらず童顔な担任は何が楽しいのか、にこにことしながらプリントを回す。
は一番前の席で。
そしてその後ろは仁王の席なわけで。
くるり、振り向くことなくプリントを後ろに回す。
が、がしり、前に戻そうと思った自分の腕は後ろからの手につかまって。
しばし、無言の抵抗をしたが、それは聞き遂げられることはなく。
しかたなく、振り向けば愉しそうに笑う仁王。
なにがそんなに愉しいのか、解せぬ。
掴まれた腕を離すように振れば、くいくいと人差し指で呼ばれて。
従わなければ離してくれないと判断したため仕方なしに耳を近づける。
と、テニスを見に来ないか、などという謎のお誘い。
ぴしり、固まったにお構いなく、仁王はなぜかの机に載っていたいま配られたばかりのプリントを手に持つ。
「来たらこれ、かえしちゃるきに」
そうして、はプリントを人質(紙質?)にとられ泣く泣く放課後テニス部を見に行くことを約束させられたのだった。
向かったテニスコート。
そこには多くの女子生徒で溢れていて。
かといって、黄色い声が多いわけではなく。
皆が皆、静かにけれども興奮しながらフェンスの外からコートを眺めていた。
なんか、別にプリントどうでもよくなってきた。
多くの女子生徒の中に突っ込む気が起こらず思わずそんなことを思う。
少しでも自分への負担を減らそうと、友人に一緒に来ないかと声をかければあっさりと見たいテレビがあるからと捨てられた。
友人とテレビとどっちが大事なんだ。
・・・聞けばあの友人は十中八九テレビと答えるが。
明日からご飯作っていってあげないぞ。
そんなことを思いながら、ぼおっと、少し離れたところからコートを見る。
背は小さいが目は悪くはない。
のでこの位置からでも十分コートを見ることはできるのだが、いかんせん人が多い。
合間合間に時折何かがちらちら見えるがそれが何かはわからない。
なんか見えないし、これ帰ってもばれないんじゃないかなあ。
再びそんなことを思っている。
「・・・そんなとこで何してんすか。」
そんなにかけられた声。
ぼおっとしていたから人が来ていたことに気がつかなくて、そちらを見ればむすりとした一人の少年。
何回か仁王の席で見たことがある気がする。
確か後輩だったはずだ。
その割によりもずっと背は高いのだが。
「あ、れ・・・?」
と、きょとり、の顔を見た瞬間ころり、表情を変えて。
「確か、仁王先輩のクラスの・・・?」
ことり、首を傾げる様はなかなかに可愛らしい。
「ああ、うん。仁王君の席の前の者や。」
「・・・いや、名前教えてくださいよ。」
あっさりぽん。
名前を名乗る必要などないだろうと思いそう言えば、なんというか呆れたような視線。
「・・・いる?名前。」
「え、なんでそんなに知られたくないんすか?」
聞けば逆に聞き返された。
教えたくないわけではなくて、教える必要性を感じなかったわけで。
「」
でもまっすぐにこちらを見てくるその瞳にはなんだか好感が持てたので自分の名前を教えてみれば、ちょっとだけ嬉しそうに笑った。
「先輩、っすね。」
確かめるようにの名前を繰り返す。
「俺は切原赤也っす!」
ちょっとはにかんだ表情。
おお、これは可愛い。
思わず頭を撫でたい衝動にかられているとざわり、
さらにざわめきが大きくなるコート。
そちらを見れば合間から銀色が見えて。
「あ、今から仁王先輩が部長と試合するんっすよ。」
もっと近くで見てくださいよ。
程よい距離(だと思っていたかった)であったその場所から切原に手を引かれ、コートの中がよく見える場所まで連れられる。
そしてそこでみた鮮やかな姿に、目を奪われた。
きらりきらり、銀色の髪は室内にいるときよりもずっとずっと綺麗に光る。
長い手足がコートを動き回り、素早く動いてはボールを拾う。
教室にいる時では見たことのない、愉しげなその瞳。
汗をぬぐうそのしぐさ。
ぴよぴよと跳ねるその後ろ髪。
ずるい
の中に生まれたのはそんな感情。
ずるいずるいずるい
きらきら、きらきら、輝いたその人は、想像していたよりもずっと綺麗で。
心臓がばくばくとひどい音を立てる。
一挙一動に、目が離せない。
ずるい
体温が上昇するのを感じる。
周りの音が、聞こえなくて、ただ、目の前のプレーだけを見ていて。
「先輩?」
気がついた時には、その試合は終わっていて。
横からどうしたのかと覗き込む切原がいて。
「顔赤いんですけど大丈夫っすか?」
みられるのが恥ずかしくて、でも、鼓動はうるさくて。
「何でもないよ、気にせんとって?」
さりげなく視線を外す。
と、
「」
じわり
耳に入ってきた柔らかな声色。
教室で聞いていた時とは違って、なぜか嫌に耳に残る。
「・・・仁王君。」
「ほんに、来てくれちょったんや。」
じわり、まるで心の底から嬉しい。
そんな表情。
そんな表情されたら、余計に顔が赤くなる。
「どやった?俺のテニス。」
フェンス越し、そっと視線を合わせられて。
逆光のせいで、うまく見えないその表情。
でも、気がついたら口が勝手に動いてた。
「仁王君、ずるい。」
「・・・は?」
「男のくせに、綺麗過ぎて、ずるい。」
「っ、」
「ムカつくくらい、かっこよくて、ずるい。」
思ったことを紡いでいけば、きょとりとしていた仁王の表情がじわじわと変化していく。
終いにはから一歩距離をとって、顔を手で押さえて隠しだす。
「ずるい」
再びそう紡げば、大きなため息と共に仁王はしゃがみこんだ。
「うわー・・・珍しいものみた・・・。」
隣の切原が何かをつぶやいたけど、それを気にしていられるほどに余裕はなくて。
「・・・プリント明日でいいし。今日は帰る。」
自分の赤くなっている顔をこれ以上見られたくなくて、引き止める仁王の声をそのままに、家に向かって走り出した。
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