ドリーム小説






























。今日放課後一緒に帰らん?」





珍しくも彼氏である千歳にお誘いを受けた。

普段あまり私を縛ることをよしとしないそんな彼の珍しい御誘いだったから、一も二もなく頷くことで肯定して。

図書室かどっかで待っていろと言われはしたのだが、残念ながらあまりあの静かすぎる空間は好みではなくて。

帰宅部のため、あまり知らない放課後の異質感。

それをせっかくだから味わおうかと思う。

うろうろしていれば辿りついていたテニスコート。

あまりにも多くの女の子たちがフェンスを囲んでいるから驚いて。

可愛らしい女の子たちの声。

それが口々に誰かの名前を呼ぶ。

残念ながら不協和音を醸し出すそれらは、明確に聞き取ることなどできないけれど。


「・・・ちゃん?」


遠く、見えないフェンスの向こうから響くボールのはじける音。

あの場所に、今、彼はいるのだろうか。

ぼおっ、と見えないそちらを見ていれば、ふいに呼ばれた自分の名前。

低いその声はしかし、耳に優しく馴染み、何度も聞いたことのあるような錯覚をもたらす。

振り向いた先、一番に目に入るのは黒髪。

そしてその耳の間から見えるいくつかのピアス。

そのまま顔を真正面から見れば、少し驚いたような一つの顔。

知っていたその顔。


「お?・・・光?」

「なんで疑問文なんすか?」


ぽろり、簡単に零れだす名前。

それは大事な幼馴染のもの。


「・・・ここの学校だったんだね。」

「いや、今さらっす。」


呆れたような物言いも、だるそうなしぐさも、見慣れたそれとだぶって見えて。


「久しぶり、光。」


名前を呼んで手を伸ばせば呆れたように、でも仕方がなさそうに笑みを見せてくれる。


「本間に、久しぶり。」


光とは隣の家。

だというのに、私が小学校を卒業してからは会っていなくて。

何年かぶりに見た光は少しだけ背が伸びて、顔立ちも男の人に近づいていて。

かっこいいなあ、と思わせるには十分な容姿をしていた。


「相変わらず、ちゃん、ちっさ。」


そう言いながら私の頭をポスポスと叩く。


「光、縮むからやめてくれ。」

「いやいや、これ以上は同じやろう。」


くつりくつり

楽しそうに笑うその顔は、あの頃よりずっと生き生きとしていて。

いいことだ。


「なんでこんなとこ来てん?」


光がそういえば、という風に問いかけてくるものだから、当初の目的を思い出す。


「・・・まっとってって、頼まれたから。」


ふわり、脳裏に浮かぶ、柔らかな笑顔。

滅多に口にはしないけれど、大事な大事な、大切な人。

すると、ぴたり、光が動きを止めた。


「・・・それ誰?」


じわり、微かに不機嫌さが見え隠れしだした光。

あまり表情を変えたり、感情を外に出すことはないのに、突然のそれに少しだけ驚きながらも言葉を探す。

「・・・千歳千里。」

でも告げる言葉は一つなわけで。

未だに頭に乗せられたままの手に、隠れるように首をすくめて告げる彼氏の名前。


「・・・千歳先輩?」

「・・・先輩なん?」


光のはなった単語が新鮮で聞き返せばなんというか微妙な表情。


「・・・俺テニス部でしかも結構学校内でも有名なんやけど?知らんの?」

「・・・ごめん、あんまり詳しくなくて」

そっと視線を外せば、ため息。

それでも頭をなでる手は優しくて。


「まあ、ちゃんやしな。しゃあないっすわ。」


それに、思わずふわり、笑みが漏れる。


「ところで、千歳先輩とはどんな関係なん?」


あっさり方向転換。

先ほどまで優しく撫でてくれていた手はぎちり、力が入っていささか痛い。


「ええと、そのだね、・・・」


彼氏

だと、一言告げればいいだけなのはわかっていても、はっきりいって、恥ずかしい。

なんだかんだでまだ付き合いだしたばかりのため、あまり彼氏という表現に慣れていない。


「どんな関係?」


再び問われる。

じいっと見つめられる。

頭を捕まえられてるから逃げることもできなくて。


「と、友達・・・?」


あまりにも恥ずかしくて、思わずぼかした回答。

そうすれば本当に?とでも言うように鋭さを増す視線。


「ああ、ええ、と・・・」

その視線に耐えきれず俯く私の耳に飛び込んできた声。


「財前、なんしとるん?」

その声は、私が確かに待ちわびている人の声で。


「ん??なんでこぎゃんとこにおると?図書室でまっちょって、言うたに?」


ひょこり、光の手をさりげなく払って覗き込んでくる大きな体。

ぱちくりとした瞳は柔らかな光をたたえ、私を見下ろす。


「・・・ちゃん、図書室苦手なんすよ。」


それに答えたのは光。

なんてことないようにあっさり述べられたそれに、眉をひそめたのは千歳で。


「・・・なんでそぎゃんこと、財前が知っとる?」

「俺としては、ちゃんと千歳先輩の関係の方が気になるんすけど。」


なんだか私の上で険悪な雰囲気が漂っている気がする。

・・・気のせいだと思いたいのだが。


「俺との関係?そぎゃん___」

ちゃんは、友達や、いうてましたけど?」


光、頼むから要らないことを言わないでくれ。

光の言葉にぴたり、動きを止めた千歳がくるり、こちらを振り向いた。


「どぎゃんことや??」

ん?とにっこりと背の高いそれをかがめて私を覗き込んでくる。


「ええと、その、だな・・・」

確かにそう言った、だがしかし、どういうべきだったのか、わかってもいたから。

「その、光が、」

ぴしり、

何かがひび割れるような音がした。

あれ、と思い顔をあげれば、にいっこり。

先ほどよりもずっとずっと艶やかな笑みの千歳がいて。



「なあ、。なして?」

そっと伸ばされた手が、ふわり、首を辿って背中に回る。

ぐ、と微かに引き寄せられて、耳元で低い声。


「俺はお前の彼氏、ちごうた?」

ぞわり

背が伸びる。

その低い声が、音が、私の体の奥深くを揺さぶるように。


「なして、財前を名前で呼ぶっちゃ?」


低い低い、艶やかな声なのに、問われるそれはひどく子供じみていて。


ちゃん、千歳先輩。」


べりり、音を立ててはがされた距離。

おそらく私の顔は真っ赤。

だがそれよりもずっと光が不満そうな表情で。


「ごめん、光。さっき嘘ついた。」

「は?」

「ち、・・・千里、は、私の彼氏やねん。」


口から必死で絞り出したそれ。



だが、




無理だ恥ずかしい




「っ、ごめん無理恥ずかしい!!!先帰る、また明日!!!」




体中から溢れる羞恥に耐えきれなくなって足を必死に動かしてその場所から走り去る。

くつくつ、後ろから聞こえてきた千歳の声を聞かないように必死でその場所から逃げた。




























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