ドリーム小説
配達ギルドのあれこれ
彼女は、不思議な子だった。
はじめに会ったのは、ドンの元で。
ドンの友人である変わり者が首領をつとめる配達ギルドに所属する子だと。
各配達エリアを決めている配達ギルドにおいて、世界中を担当している唯一の子だと。
時間はかかるが確実に届けるのだ、と。
どこか自慢げに話すドンのそば、困ったように笑っていたのが第一印象。
それ以降、至る所で姿を目にするようになって。
幼い外見の割に年はそこそこ。
機転も利いて、うまく立ち回る。
あの子のおかげか、いつの間にか配達ギルド”黒猫の足”は軌道にのり、様々なところで名前を聞くようになった。
へらりと笑いながら人懐こく話しかける割に、その内側には決して立ち入らせない。
押せばすぐに倒れ込むような外見の割に、のらりくらりとうまく逃げる。
時折、遠くを見て想いを馳せる姿は、どこか自分をみているような気分にもなって。
へらへらと笑う彼女が、時折すべてを失ったような表情をすることが、ある。
新しい町で、誰かに話を聞いた後で__それは短い時間だけれども。
泣けばいいのに、諦めたように笑う。
捜し物が見つからないのだと、困ったように笑う。
何を探しているのか、明確に口に出すことはなく。
探してほしいと頼むこともなく。
__否、一度だけ、泣いているのを見たな。
デュークの前で、一度だけ。
俺たちがいなかった、あの場所で。
不器用に慰めるデュークのそばで。
そばで泣いてくれれば、その涙を拭うこともできるのに。
そんなことを思った自分に愕然として、その感情はみないふりをした。
行動をともにしていたわけではなく、ただ、時折行く先が重なるのか、同じ場所に行くことがあり、俺たちの中の誰かに届け物を持ってきたりも、あった。
俺宛に手紙が届けられたのは、完全に想定外だったが。
アレクセイによって手紙を託されていた彼女は、ドンが失われることを予想していた彼女は、どのような気持ちで共にいたのだろうか。
船の上で寄り添った彼女は、腕の中に飛び込んできたその存在は、思っていたよりも小さくて。
のぞき込んだ腕の中、見たことがないほど紅く染まる頬に、耳に、虚を突かれたのも確かで。
だからこそ、その後、ドンが死んだ後、手紙を持ってきた彼女に動揺したのだ。
俺の正体が知られていることよりも、ドンの死に涙を流さない彼女に。
卑怯にも嬢ちゃんをアレクセイのところに運ぶことを依頼した俺に、彼女はひどくいびつに笑った。
そして、アレクセイのそばが一番捜し物に近いのだと、困ったように告げたのだ。
自分のためにしか動かないと、自分のためにしかあれないと言いながら、嬢ちゃんの悲鳴に心を痛め、戦う我らに唇をかみしめる彼女は。
かつて人魔戦争によって”俺”は失われた。
ここにいるのはアレクセイによって再びこの世界に足をつけさせられた道具。
その隠れ蓑の一つとして、ギルドに席をおいているだけの存在。
彼女どころか、ほかの何にも、割く心を持たない人形。
そんな俺を、もう一度死ぬ場所を探し続ける人形を、この世界につなぎ止めたのは、ユーリ・ローウェル率いる俺よりもずっと短い時間しか生きていない若い奴らで。
その中に、確かに、彼女も居たのだ。
自分のためにしか、あれないと、歪に笑う彼女も。
__俺の心臓をみて、一番衝撃を受けていたのも、彼女で。
アレクセイに言われていたのだろう。
俺の心臓の魔導器を持ち帰れとでも。
捜し物に役立つ、とでも。
俺の魔導器に恐る恐る触れた彼女は、俺の心臓にその指で触れた彼女は、その瞳から一筋、滴を落として言った。
「と、れるわけ、ないじゃ、ん」
と、歪な笑みを浮かべて。
その細い指に撫でられた心臓が、一際、大きく脈打った。
そのこぼれ落ちた滴に感情が、一度、激しく波打った。
その歪な笑みを見つめた世界が、一瞬、確かに色を変えた。
俺を見て、確かに彼女は、この世界で生きる人間のように、感情を露わにしたのだ
道具である俺に
道具であった俺に
かつて感じたことのある、確かな感情を植え付けたのだ、彼女は。
そんなことを想う資格など、とうに俺はなくしているけれど
「配達ギルド、自分の意志であそこにいるのよね」
嬢ちゃんを迎えにバウルで乗り込んだ帝都。
吹っ飛ばされて怪我を負った俺たちは、しばし宿屋にて休息をとらねばならず。
リタっちの質問に俺は苦笑いを返すことしかできない。
「アレクセイがあいつの捜し物の手がかりをもってるってことらしいけどな」
青年がじとりとした視線を俺に向ける。
知ってることを吐け。
その視線に込められる意味がわからない訳じゃないけれど。
「俺もあの子が何を探してるか、実は知らないのよ」
へらり、笑ってごまかす。
彼女のように。
「あら、ほんと?おじさま」
ジュディスちゃんがゆっくりと首を傾けて、真意を問うように見つめてくるのはひどく魅力的だけれど。
「ジュディスちゃんがもっと見つめてくれるなら、思い出せるかも」
「僕が代わりに見つめてあげるよ」
ひょこり、俺とジュディスちゃんとの間に入り込む少年。
「少年はお呼びじゃないのよ」
「では、僭越ながら僕が__」
「フレンちゃんでもないのよ」
金髪もなぜはいってくる。
「・・・・・・もう、ギルド姐はうちらのところに戻ってきてはくれんのかのう」
しょんぼりとしたパティちゃんの声。
静かになる室内に、わんこの切なげな鳴き声だけが広がる。
「__あの子が、捜してる物は・・・・・・見つけたい物は、どんな形をしているのか、物なのか、人なのか、何一つ、あの子自身もしらんのよ」
しょんぼりとしたままでは、嬢ちゃんを迎えに行く士気にもかかわる、か。
知っていることを、仕方がない、と話し出す。
俺が話せることなど、たかがしれているけれど。
「__なによ、それ」
リタっちの歯がゆそうな声。
やっぱり、俺に返せる表情は苦笑だけで。
「ただ一つ、あの子にしかわからないもので__それに一番近いのがアレクセイらしい」
つまり、とジュディスちゃんが前置きをした。
「__アレクセイが鍵、ということかしら?」
それは間違いないだろう。
アレクセイが持っているものなのか、何なのかはわからないけれど。
「__アレクセイの、知識、とか」
「魔導器の知識、の可能性もあるね」
少年とフレンちゃんの言葉に無言で肯定を示す。
「魔導器なら、私に頼れば、いいのに」
リタっちのふてくされたような表情。
思わずその頭を撫でた、ら、たたき落とされた。
” 殺して ”
そうつぶやいた彼女の声に、彼女がその瞳を泣きそうに震わしたのを確かにみた。
どこへかはわからないが、帰りたいと彼女は願っていて。
その方法をずっと探しているのだと。
いつだって、迷子のような彼女は、帰る家を必死に探し続ける彼女は。
方法が、見つからなければ、最後に執る手段は、きっと__
青年が返してもらう、そう言ったときに、彼女は心から驚いたようで。
いつもよりも瞬き多く、あたりを見渡していた。
自分が自分でこの場所にいるのに、と、どうすればいいのかわからないようで。
アレクセイにおいて行かれたのに、困ったように笑うだけで。
だからこそ、少年やリタっちたちも仕方がないと彼女を受け入れたんだ。
「お嬢、金輪際、ああいうことはやめること」
「う〜ん、レイヴンさんがなにを言っているのか、わかんないんですよねぇ」
俺の言葉に、お嬢はへらりと笑う。
何を思っているのか読めない表情で、こちらの力を抜かせるような話し方で。
その割に、先ほど力強く俺を押し退けたのを、忘れるわけがない。
嬢ちゃんの力を制御するために、彼女を囲んだ俺を、体が動かないなら邪魔だと追い出した。
その結果、俺の体には負荷はなく。
俺以外はへとへとになるという、何とも情けない結果になって。
「__お嬢の捜し物を見つけ出せるのはお嬢だけなんでしょ?それまでは、せめて、自分を大事にしなさい」
何を言えばいいのか、見つからないまま口に出した言葉に、彼女はやっぱりへらりと笑った。
烏の独り言
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