ドリーム小説







配達ギルドのあれこれ 








こぽり、耳元で響いた音。
まとわりつく冷たさを、私は10年程前に経験したことがある。


それは、私が世界から切り離された瞬間。
私が私だった場所を失ったあのとき。
体中に感じた冷たさ。
必死でばたつかせた手足は意に反して重くなっていく。
誰にも見つけてもらえずに失われていこうとした私を、一つの温もりが掴んでくれた。

”溺れて”いた私を助けてくれたのが、現在所属する配達ギルドの首領。
無骨な大きな手のひらで私に知らない世界をくれたその人は、この世界での私の保護者。

世界を見て回ることで、なにかがわかるかもしれない。

そう言った私に、首領は仕事をくれた。
そんな首領に、私は私の世界であった便利な道具のことを話して__



過去に沈み込んでいた意識がゆっくりと浮上する。
重たさを感じる瞳を、開けた先には見慣れぬ天井。
ゆっくりと首を動かせば、そこは知らぬ部屋で。
何があっただろうか。
横たわりながらぼんやりと思考を巡らせていれば、がちゃりと扉が開いた音。

「目が覚めたんですね」

目に眩しいほどの髪色。
穏やかな声。
前回聞いたときは、せっぱ詰まったような、そんな声だったから。
騎士を一人、後ろに携えて金色の髪のその人は、私の側にくる。

「助けてくれて、ありがとうございます」

ああ、そう言えば、あの舟の上で頼まれたのだった。
帝国騎士団の元へ、連れていってほしいと。
彼の後ろに騎士がいるというならば、任務達成だろう。

「__またのご利用をお待ちしてます」

重たい手を持ち上げてひらりとふれば、その人の表情はさらに柔らかくなる。

「どこか痛いところ、違和感はありませんか?」

ベッドの側の椅子に腰を下ろした彼は、体温を確かめるように私に触れる。
些か冷たいその手のひらに体をふるわせれば、小さく息が落とさた。

「あなたが無事で、よかった」

見た目からすでに高級そうな人。
ついている騎士は護衛だろう。
そう言ったところを見ても、私とは関わり合いになるはずのない人だろうに。
こんなにも感情豊かに、心から安心したとばかりに言われたものだから。
どこか、くすぐったくて。

「あと、謝らなければいけないことが」

少しだけ陰ったその瞳。
どことなく良いずらそうに彼は言葉を紡ぐ。
それに従うように、騎士が鞄を一つ、持ってくる。
私が仕事に使っている異次元鞄だ。

「あなたの仕事道具も、水に濡れてしまいました」

ぐっしょり、その表現が正しいだろう。
水に濡れたその鞄は常に比べて深い色になっていて。
水気をとろうと努力してくれた様子が伺える。

「中を出そうとしたんですが・・・・・・」

彼が言いよどむ理由は簡単だ。

「この鞄、私が設定してる暗証番号を使わないと開かないんで、仕方がないです」

あかないのだ。
暗証番号がない限り、この鞄は開かない。
なので外側からしか水気もとれず、水に濡れたままで放置されていたのだろう。

騎士から鞄を預かり、設定した暗証番号を入力する。
そうすれば、今まで頑なに口をしめていた鞄がかぱりと開く。
そのままがさがさと中身を出していけば、まあ、やっぱりそれなりに湿っぽくはなっているけれど、袋に入れたりしていたため、比較的大丈夫だ。

「大丈夫ですか・・・・・・?」

心配そうな彼にほほえんでみせれば、ほっとしたような表情が返される。
ついでだから全て整理してしまおうと、鞄の中身を自分のベッドに、その横の机にも並べていく。
奥深く、ずっと前からいれ続けている物まで。

「随分と古い手紙もあるんですねえ」

大事に大事に、他の何よりも厳重に包み込まれたそれを最後に出せば、不思議そうに彼は首を傾けた。

「これは__私が一番はじめに任された手紙で、未だに達成できていないお仕事なんですよねぇ」

今でも鮮明に思い出す。
帝都へ騎士として放り込んだ息子に、渡せれば渡してほしい、そう言われたその手紙。
当時はまだ配達ギルドはまだ軌道に乗る前で、お客さんも少なかった。
さらにいえば、貴族が使うことなんて滅多になかったのに。
どこで聞きつけたのか、私たちを呼びつけて、渡せれば、渡してほしい、だなんて曖昧な言葉で託されたそれ。
私の仕事に、と首領に任されて向かった帝都。
騎士団にとりついてもらうことができず途方に暮れていた私に手をさしのべてくれたのは、一人の騎士の女性だった。
私の手紙の届け主の名を聞いて、知り合いだからと案内された先、女性と同じ制服の人はいれど、たまたまその人は不在で。
かといって預かってもらうわけにも行かず。
また後日、渡しにつれてきてあげる。
女性はそう言ってくれて、ついでに、と新しい手紙を渡された。
届けるときに、これもその人に届けてほしい、と。
それをみたそこにいた人たちもおもしろい、といいだして、書類の裏や切れ端に、いろんな言葉をかいて私に持たせた。

届け主が受け取ったときの顔が楽しみだ。
そう笑っていたその人達に、私は__二度と会うことはなかった。

後日彼女を訪ねていけば、その隊は任務で帝都とは離れたところに向かったのだと、言われた。

届けられなかった物は、お送り主に帰すことになっていたけれど__
もう送り主はこの世界にはいない。
人魔戦争により、送り主がいた街は跡形もなく失われたから。

「いつか、届けられるかもしれない、その気持ちが捨てられないんですよねぇ」

届け主が生きているのか、死んでいるのか。
それすらわからないけれど、もしかしたら__その想いを捨てきれずにいる私の鞄の中には、今も大事に10年も前の手紙がはいったままだ。

「騎士団ならば、生死がわかるかもしれませんが__」

きっとこの人は、偉い場所にいる人なのだろう。
それがわかると言うことだから。

「ありがとうございます。でも、この人を捜し出せたら、私のもう一つの捜し物が見つかるような、そんな気がしているんですよね、だから、大丈夫です」

見つけ出せるはずのない、捜し物。
それは、まるでこの手紙の届け主のようで。









配達ギルドと古い手紙


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ちなみにユーリたちはもうすでに街にはいない







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