ドリーム小説







配達ギルドのあれこれ 













「かえれないなら、わたしがこのせかいでしてきたすべては、どうなるの?」



空っぽの表情で、全身で助けてと叫ぶ彼女を、声なき声で、泣き叫ぶ彼女を、腕の中に引き寄せたのはかつての自分と重なったから。


ダングレストでたまたま彼女と再会をして、そこに現れたディーク。
なにやら彼女を捜していたらしいデュークは、彼女を見て驚いたような表情を見せて。

「__異質さが、薄れている」

異質さ。
それはひどく曖昧な表現。
誰もが、彼女に向かって持っていた感覚の一種だろう。
何かが異なるような、けれど、その正体はつかめない。
それが、薄れていると、デュークは表現した。

「__何か、大きな怪我でもしたか?今まで異質な物質で構成されていたおまえの体が__この世界になじみだしている」

続いてもたらされた言葉は、推測を真実に近づけていく。
そして__

「代償もなしに、できることではない。かわりに、何を、失っている?」

彼女が失っていく物に、はじめて気がついた。
”元の世界”の話題に言葉を詰まらせた彼女に、デュークは言葉を続けて。

「覚えてますよぅ、ちゃんと、車のこともテレビのことも、電話のことだって、ほら、この世界では知らないものでしょう?」

ふるえながら彼女が口にするのは、俺たちの知らない物の名前。
そして、家族の問いに__彼女は言葉をも震わせた。

「__だって、10年近くも会わなかったんですよ?声とか、名前とか、忘れちゃうのは当然ですよ」

「まさか、おまえ__「わすれてなんか、ない!!」

ユーリの言葉に叫びかえした彼女は、デュークの腕を振り払って走り去っていった。
残されたデュークは何を言うこともせず、その場を立ち去ろうとする。

「デューク」

俺の声に、デュークは一度だけ足を止めて。

「このままだと、彼女はこの世界と同化する。もう二度と彼女の望みは叶わなくなるだろう」

その言葉が何を意味しているのか。
わからないほど鈍くはないが、信じられるほど素直でもない。






彼女は、ダングレストからほど近い、けれど夜の空が見える場所に、いた。
きらきらと輝く空を見上げる彼女は空っぽで。
座った俺のそばに、控えめに腰を下ろした。

「__お嬢、大将を助けてくれて、ありがとね」
「__助けたのは、自分のためですから」

俺の言葉に間髪入れずに帰ってくる返事。
それは、自分のためだと、決して人のためではないと、告げる。
たとえ自分のためだとしても、その結果、だれかのためになったのだ。

「それでも、あの人を生かしてくれて、ありがとう」

そう繰り返す俺に、この子は困ったように笑った。
そんな表情で笑うことを、慣れきったように。

「__私、この世界の生まれじゃないんですよねぇ」

カミングアウトに思ったのは、やっぱりか、という感情。
どこかはわからないけれど、異なる場所からきて、そうして、そこへの帰り方を捜しているのだと。
推測が確信に変わっただけ。

「大事な家族も、友人もいたのに、気がついたらこの世界にいたんですよ」
「私を知ってる人もいない、私が知っているものもない、魔物も魔導器も見たことなかった」
「帰りたいんです。私の大事な人のいる世界に」
「戻りたいんです。私の大切な物があふれる世界に」
「この世界で大事な物を作るつもりなんて、なかった」
「この場所で大切を重ねていくつもりなんて、なかった」
「そのために、ずっと探し続けてたのに」
「ずっと、捜してるのに」
「 なにも、みつからない 」


ぽろり、ぽろり、落とされていく言葉たち。
それは今まで聞くことのできなかったこの子の本心で。

大事な物ができそうになるたびに、遠ざけて、逃げ出して。
大切な物を見つけるたびに、知らない振りして、投げ捨てて。

そうして、必死に心の中を空っぽにして、誰も入ってこないようにと壁を作って__

まるで、かつての自分を、見ているようで。
道具だと、心をないものとして、気づかぬうちに増えていく大切を、知らないふりをし続けた俺と、よく似ていて。

「だから、あの人に頼るしかなかった」

ほかの誰でもない、アレクセイならば確かに彼女の求める物を見つけ出せる可能性も高い。
それに縋るのは必然で。

「ほかの全部、いらないから、どうやってでも、帰りたいの」
「自分以外、いらない、ってそう思い続けて、いっぱい、傷つけて」

全部いらないと叫びながら、必死に手を伸ばす姿に
全部いらないと切り捨てながら、見えない涙をこぼす様に
全部いらないと手放しながら、ごめんなさいとうずくまる彼女に



「かえれないなら、わたしがこのせかいでしてきたすべては、どうなるの?」



その小さな温もりを、腕の中に引き寄せずにはいられなくて。

腕の中。
自分の物とは違う、力強い鼓動。
ここに存在するという、確かな証。





名前を呼ぶ。
彼女が、この世界で滅多に呼ばれることのないその名前を。
ドンがアレクセイが、限られた人たちだけが呼ぶことを許されたその名前を。

その名前はひどく甘い物のように感じて。
同時に、俺には甘過ぎるものだと悟った。


「エステルに、リタに、ジュディスに、皆に、私ひどいことしたのに、たくさん傷つけたのに、最後は自分が消えるからって、いろんな悪いこともしたのに」

傷つけたことを苦しいって叫ぶのは、空っぽの心じゃできない。
悪いことをしたって、ひどいことをしたって、気づいているだけで十分。

「この世界に残らなきゃいけないなら、全部全部、私が私のためにしてきたすべては、私の自分だけのためのわがままになっちゃう」

そんなもの、人なんて、自分のためにしか生きれないのに。
わがままだなんて、そんなことはないのに。

そんな風に思えるこの子に、抱く想いが、確かにある。



それを、表に出すことは、許されないだろうけれど。



「帰るために、って掲げた大義名分が、失われたら」

帰ることを願う彼女にとって、俺は今、最悪なことを考えている。
帰れないならば、ここにいいればいい、だなんて。

「わたしは、これから、どうやっていきていけばいい?」


俺のために生きてちょうだい


「じゃあそれを、俺と一緒にさがしましょ」

本心を隠して、抱きしめた腕にさらに力を入れる。
閉じこめるように、逃げ出さないように、ばれないように、隠すように。

「おっさんもね、今、生きてるって、知ったばっかりだから。どうやって生きていけばいいのかわかんないの」

青年たちによって、生きていることを実感させられたばかりの俺は、彼らが生きる未来のために、彼らがなすことを、新しいい世界を、ドンのかわりに見届けるために。


「情けないことにね、お嬢と一緒で俺も迷子なの」

世界規模の迷子と、生き方を見つけたばかりの迷子。
よく似ている俺たちだ。

「帰り方を探し続けてもいいのよ、まだ」

諦めなくてもいい、探し続けてもいい。
諦める必要なんか、ない。

「かえりたかった、の、かえりたいの」
「でもね、もう、おぼえてないの」

覚えていないとふるえるからだ。
デュークが言っていた代償が記憶だとは、中々に皮肉で。

帰りたいと、戻りたいと願うのに、その帰りたい先を、戻りたい先を、忘れて行くだなんて。
この世界になじむことが、元の世界への道を失っていくのだと。
彼女が無意識に選んでいた方法が、あの世界に帰るために必要だったなんて。

失ってはいけない、そのためには、得てはいけない。
けれど、その均衡は崩れた。
青年の刃によって。
嬢ちゃんの回復術によって。


「おかあさんのこと、おとうさんのこと、おねえちゃんに、おとうと、知ってるはずなのに、どんどん消えていくの、薄れていくの。存在が、もう」
「おもいだせないのに」

ゆっくりと、体を離せば捨てられた子猫のような表情を浮かべるものだから、思わず笑う。
その瞳から落ちていく滴を指で拭えば宝石のようにきらきらと輝いていて。

「思い出せないのは、記憶がのことを、守ろうとしてるのよ」

気休めになればいい。
その記憶が失われていく様が、ただの自然現象だと。
無意識にこぼれ落ちていっている訳では、ないのだと。

錯覚、すればいい。

「これ以上、傷つかないように、って」

こつり、額を重ねれば、彼女の瞳が瞬く。

「大丈夫。忘れた訳じゃない。必要なときになったらちゃんと戻ってくるのよ、その記憶たちは」

ただの慰めだと気づいているだろうに、この子は小さく微笑んだ。

「みんなを、受け入れても、いいの?」

いいよ、大丈夫。
その心に、仲間を、皆を住まわせて。

「この世界に、いつか消えちゃうこの世界に、私を残してもいいの?」

いいよ、大丈夫。
君の存在を、この世界に刻みつけて。

いずれ失われてしまうとしても



「私、皆に、名前で呼んでほしい」



なんてかわいらしい、小さな願い。



もちろん


そう帰すつもりだったのに、気がついたら衝撃と共に吹っ飛ばされていた。

「ぐえ」

リタっち、痛い。
吹っ飛ばされた先で目を回していれば、じとりとした視線。
見上げれば青年が俺を見ていて。

「__おっさん、犯罪だろ」
「何言ってんの、お嬢、25歳よ?そんなに俺とかわんないわよ」
「ま、じか」

年齢を知らなかったのか、青年が瞳を瞬かせた。
けれど、まあ__

「安心して。俺なんかにお嬢はもったいないわよ」
「__両想いだとしても?」

薄々感じてはいたけれど、青年にもばればれとは。

「帰りたい場所がある子を、俺のそばにとめおけるわけないでしょ?」

ましてや俺は__いつ、失われるかわからない存在だというのに。
青年は一つため息をはいて、皆の会話に入り込んでいく。
彼女の家族になると、そう胸を張るカロルたちの元へ。

嬢ちゃんとリタっちが妹
少年が弟
パティちゃんとジュディスちゃんが姉
青年がお母さん、となれば__

「おっさんは__お父さん?」

ひょこりと入り込めば、困ったような表情。

「レイヴンがお父さんは、ちょっと」
「俺様ショック!!」

そんなこと言うものだから、大げさに落ち込んで見せた、ら





「__好きな相手を、お父さんポジションにしたくはないかなぁ」





青年、頼むからそんな目でみてこないでちょうだい。







烏の独り言2











部屋をノックされて開けた先、へらりと笑うお嬢に、脱力した俺は悪くないだろう。
以前同じように訪れたお嬢が持ってきたのは、シュヴァーンへの手紙だった。
あまり良い思い出ではないんだけれど、今回はどういう用事だろうか。

「遅い時間に男の部屋に訪れるもんじゃないわよ、ちゃん」
「好きな人のところにならば、時間なんて関係なく会いに行きたいもんですよぅ」

参った。
そんな風に心から想っている、とでもいうような表情で言われれば、簡単に絆されそうになる。
まあ、思うだけだけども。

「私に、この世界で空っぽでいようとした私に、心を、感情を与えたんだから、レイヴンは覚悟してくださいねぇ」
「あらら、吹っ切れちゃったのね・・・・・・」

うん、と笑う表情は今までみた中で一番自然体で。
どこかまぶしくて。
呼びかけられたので、どうしたのかと先を促す。

「アレクセイさんに、言われたんですよねぇ、私”おまえは、この世界では異質なおまえは、この世界と運命を共にする必要は、ない”って」

大将らしい、言葉だ。
__否、かつての、大将のような言葉だ。
関係ない物を巻き込むつもりはないと。
自らの目指した先を違えることなく、成し遂げようとしたあの人らしい。

「だからこそ、いずれ絶対に元の世界に帰してやる、って」

約束を違えるつもりはない、そんな意志が見えて。

「__昔、10年ほど前から、あの人の目指すところは何一つ変わらないんです。ただ、方法が変わっただけで」

ただその方法に、問題があっただけで。
__もしかしたら、アレクセイの方法の方が正しかったかもしれない。

何が正解だとか、わからないけれど。

「あの人について行く人が居るのも、あのときと同じ」

まるでかつてを知っているかのような口振りに、どういうことかとお嬢を見れば__

「そうですよね、ダミュロンさん」

私に向かってまっすぐと手紙を差し出しながら、かつての私の名前を呼んだ。

「帝都に追い出した息子に、もし渡せたら渡してほしい、って10年ほど前に預かったまんまだったんですけどねぇ」

まさか、そんな。
故郷は失われて、俺自身を知っている人など泣にもないと言うのに。
迷惑をかけてばかりいたというのに、その手紙は俺を心配する言葉であふれていて。

「私が一番はじめに任された依頼で、はじめて果たせなかった仕事なんですよ」

ゆっくりと手を伸ばして、その手紙に触れようと__したのに、それは、ひょい、と彼女によって、遠ざけられて。
何事か、と彼女を見れば、へらり、先ほどとは違う、今までいろんな物をごまかし続けた笑みを浮かべていて。

「全部、終わったら、渡します」

今ならば、わかる。
その笑みは、彼女の心からの笑みではないと。
けれど、それにだまされたふりをしてあげるのが優しさだとも気づいている。

これから、星喰みを倒しにいく俺たち。
自分の知らない場所に、いつだって足を運んでずっと探し続けていた彼女が、今回残ることを選択した。

リタっちが見つけだすと約束したから。
足手まといになってしまうことを理解してしまっているから。

__自分のわがままを貫き通すわけには行かないと、へらりと、諦めたように笑って見せて。

「レイヴンさん、約束を、ください」

彼女は、約束を請うた。
俺に、ようやっと”生きること”と向き合いだしたばかりの俺に。

「私のところに、もう一度、現れてくれるって」

自分のところに戻ってきてほしいと、そう言うことはなく。
もう一度現れるだけで良いとばかりに。

「約束、してくれますよね?」

俺が好きだと紡いだその口で、その続きを望まないと言外に告げる。
覚悟してくださいと言った舌の根も乾かないうちに、俺たちの道は交わらないとばかりに笑う。


ただ、もう一度、生きてあえればいい、そんな柔らかな気持ちだけを持つ彼女の前に、ゆっくりと膝を突く。

ちゃん、俺とも一つ約束してくれる?」

柔らかな、武器を持つことのないその手を握る。
静かな、けれど確かな意志の見える瞳を見つめて。

「__元の世界に帰ったら、俺のことを忘れて生きると」

この世界から消えるであろう君を、忘れて生きていきたいとは思わないけれど__

君が、帰った世界で苦しむ原因が俺でありたくはない。




俺の手が届かない世界で、俺のせいで泣かないで。
その涙を拭うことも、小さな体を抱きしめることも、その瞳に俺が映ることも、できないのならば。




いっそのこと、この世界のことを、俺のことを忘れて生きてくれれば、いい。
















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