ドリーム小説
ただただ、覚えているのは強く強く、俺を抱きしめる暖かな腕。
慰めあうでもなく、言葉を交わすでもなく、互いで互いにすがりつくかのように。
体中の水分を流しきった時、ふわりと温もりは消え去って。
まるで夢幻の如く、その存在は俺から遠ざかった。
じわりとした意識の上昇は、ひどい緊張感と共にあった。
仮眠から戻した頭は先ほどまでの夢をあっさりと意識の奥深く引きずり込んで。
辺りのざわめきに戦況が変化したことを知る。
アルバイトとは名ばかりの忍務。
収入がいいからと、二年生の後半には請け負うようになったそれ。
土井先生はいい顔をしないけれど、俺の生き方に口は挟まないと言われているから不安げな顔をしながらも見送ってくれる。
乱太郎にもしんべヱにも本当のことは告げぬまま、アルバイトだと偽ればいってらっしゃいと優しく見送ってくれる。
もしかしたら庄左衛門あたりにはばれているのかもしれない。
あの聡い彼のことだから。
でも何も言わないでいてくれるその優しさ。
暖かなその空間に甘えて。
先輩方も俺に、後輩である俺にそんなことをさせたくはないのだろう。
いつもいつも何か言いたげに、それでもそれを口に出すことはなく、俺を見送る。
正直なところ、二年待前、俺たちが新入生だったときからゆっくりと状況は変化していて。
こんなまだ幼く未熟な俺にでも忍務を任せようとそう思わせるような。
そんな危険な状態で。
「ごめん、きり丸。」
たった一言、久作先輩に言われたことのある言葉。
委員会の最中、俺と先輩しかいないその状況で。
こらえるように、泣きそうに久作先輩は言葉を紡いだ。
おまえにまで忍務を任せてしまうことになってすまないと。
まだおまえは守られていてもいい学年なのにと。
「大丈夫っす。俺、器用なんで。」
笑って答えればそれにまた泣きそうに先輩は笑った。
ふっ、とそれていた意識をもどす。
構えていた本隊がどうやら退却するようだ。
今日の忍務は忍務ではあれど比較的簡単なもの。
ちょいと起こっている戦の戦況報告だ。
依頼人は学園長。あの食えないお方だ。
気配を消して、戦況を理解して。
そうしながらも思うのはあの暖かいひだまり。
つかの間の平和を望むことのできるたった一つの俺の居場所。
さて、あの場所に帰るために、もうひと仕事がんばるか。
ざわりと変わった空気。
周りにあるのは隠しきれないほどの稚拙な気配。
数は四。
不吉な数。
だがそれが誰に対して不吉なのか。
ぶわりと広がる殺気に無意識に笑いがこみ上げる。
たった一ついえるのは、あの場所に帰るまでは死ぬつもりはないということ。
ゆっくりと構えたくないを前に、それらの気配へと動きを開始した。
「おかえり、きり丸。」
いつも、かえってすぐに声をかけてくれるのは土井先生で。
たとえどんなに夜遅くても、朝早くても。
先生は笑顔でお帰りと優しい言葉をくれる。
この人の前では、子供で居られると感じるのだ。
いつもであれば気配に聡い乱太郎が気づいて駆け寄ってきてくれるのだがそれがない。
ということは今日は保健委員の当番と言うことか。
あの優しい日溜まりの笑みに、柔らかなその声に、いやされたくて、帰ってきたことを実感したくて。
そうして一番に向かった医務室。
乱太郎の気配だけがあるその場所に、踏み込んだ瞬間。
そこにいた存在に記憶の奥底を揺さぶられた。
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きり丸視点
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