ドリーム小説













ふわり



鼻を突く薬品の香り。

病院である自分の家でもよくかぐそれ。

いつのまに家に帰ったのだろうか。


ゆっくりと瞳を開ければ、広がる木の天井。


見たことのないそれ。

でも頭は動かなくて。

一つ、二つ、瞬きをして。

三度目は再び目をぎゅっと閉じて。


目の前に広がるそれがどうか、現実ではないことを祈って、




そうして開けた先、やはりそこは一度も見たことのない場所だった。







「起きられましたか?」


柔らかな声。

こちらの緊張を柔らかく溶かすような音。

ゆっくりとそちらを見れば、ふわり、長い桃色の髪を揺らす少年。

伸ばされた手が、そっと額に乗せられて温もりが与えられる。


「まだ少し熱がありますね。」


ふわふわと、その笑みはとてもとても温かく。


「ここ、は?」


小さく問えばふにゃり、返される笑み。

柔らかいそれはしかしながら、絶対的な拒絶でもあって。


「ちょっとした屋敷です。一人の子倒れたあなたを連れてきたので手当てをさせていただきました。」


それはおそらくあの白い髪の子だろう。

ぼおっとした頭で考える。


「治るまではこの場所にいてくださって構いません。」


どろりとしたひどいにおいの湯呑を手渡されて同時に言葉を紡がれて。


「それを飲んでゆっくりと休養をとってくださいね。」


優しい優しいそれ。

でも、それ以上の深入りを許さないと、その瞳が、声色が、姿勢が告げていて。


もとより、このどこかわからない場所に居座るつもりはないから構いはしないのだけれども。


最後にもう一つ柔らかな笑みを落として、その桃色は襖を開けて出ていった。


名前どころか、感謝の言葉すら伝えることもできないまま。













自分自身で理解しているだけで、三日。

目が覚めてからだから、もしかしたらそれよりも長い時間この場所で寝ていたのかもしれないが。

下がらない熱のせいで、この場所から動けずにいる。


ここに来るのは四人の少年と、一人の大人だけ。

そしてそれらの誰ひとり私は名前を知らない。


柔らかく微笑んで、心配げな表情で手当てして。

優しく苦い薬を処方して、最後にもう一度笑みを見せて去っていく。


その繰り返し。


何かを問うこともできぬまま、この場所でただ毎日を寝て過ごしていた。


一度眼を閉じて、次に開けた時、世界が変わっていないだろうか。


その期待はもう諦めていて。


確かにあの時、あの子に会えたならばと願ったその気持ちに嘘はなかった。



それでも、望んだのはあの子に会えない場所ではない。













ぐらり、揺れる世界の中。

下がらぬ熱のせいでとどまらない感情をただ、持てあます。

ゆらり、揺れる意識の中。

答えのない問答を繰り返し意識にのまれる。



幾日も呼ばれることのない自分の名前。

幾日も誰かを呼ぶことのないこの口。



それは、自分が自分でなくなっていくかのような、恐ろしい感情であった。












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