ドリーム小説
宵闇 参拾捌
はその日もまだ医務室から出ることはできなかった。
というのも傷自体はふさがっているのだが、(いや、まあ、動くと痛いのは相変わらずなんだけども、)保健委員が許してくれなかったのだ。
つまり痛みがきえるまではここからの外出は禁止とされたのだ。
でも授業に出ないというのはいささか不安で。
ただでさえ、最近実習で付いていくのが難しくなってきていて、それなのにさらに座学で後れを取ってしまったら、立ち直れない気がするから。
だが、なぜかいつも医務室から抜け出そうとすると、晴れ晴れしいまでの笑みを浮かべた善法寺先輩がどこからともなく現れる。
その先輩から抜け出せる人がいるのならばは心からの拍手を送りたいくらいだ。
物思いにふけっていたの目の前の襖に影が差す。
なんだろうと思い見てみれば人影。
入るかはいるまいかおどおどとしているようで、思わず声をかける。
「どうかしたのか?」
その声に面白いほどびくりとその影が震えて、そうして微かな瞬時の後恐る恐る襖を開けて一人の忍たまが入ってきた。
その顔にはどことなく気まずそうなものを浮かべて。
思いもしない人物には驚くが、その表情を見て柔らかく微笑んだ。
「どうしたんだ?摂津のきり丸。」
以前庄左エ門から聞いた名前。
初めて呼ぶその名前は違和感もなくすんなりと口から言葉となって発せられた。
名前を呼ばれたことにか知られていたことにか、かすかに驚いたような表情を見せて、そして彼はそっと目線をからはずした。
「俺はあなたのことがよくわかりません。」
「・・・・・・」
その声は戸惑いを多分に含んでいて。
「雅さんのこと大嫌いだといったくせに」
「・・・・・・」
握り締められた手がさらに強く握られるのが見て取れた。
「・・・でも、」
ゆっくりと顔を上げて、まっすぐと目を見つめて。
「雅さんを守ってくださってありがとうございました。」
小さな声。
でもはっきりと告げられたその言葉に胸がぽわりとぬくもりを感じて。
力強いそのまなざしは意思を秘める。
「どういたしまして。」
今は素直にそういうことができた。
「それだけですから。」
すぐさま顔を背けてくるりと襖に手をかけたきり丸。
でも、その襖は外側からがらりと開けられて。
「あ」
「へ」
「「先輩!!」」
「庄、彦!」
襖に手をかけていたきり丸は開いた衝撃によって思い切りその場に倒れこんだ。
現れたのは委員会の可愛い後輩たちで。
「いって〜・・・」
頭を打ったのかさすりながらきり丸が立ち上がる。
「わ、ごめんきり丸、大丈夫??」
「そんなとこにいるからだ。」
庄左エ門は心配そうに手を差し出して。
彦四郎は腕を組みそっぽを向いて。
そのままに近づいてきた。
「先輩、お加減いかがですか?」
心配そうに下から覗き込んでくる彦四郎。
「もう大丈夫だ。」
その頭に手を載せてなでてやる。
「それならよかったです。でもあまり無理しないでくださいね。」
次いできり丸を助け起こした庄左エ門がそばに座って。
「心配かけて悪かったな。」
その頭もなでてやれば出るタイミングを逃したきり丸が居心地悪そうに視線をあさっての方向に向けて。
ぽんぽんと彦四郎から手を離しきり丸の頭に添える。
びくりと大げさなほどに肩を揺らしたきり丸に苦笑しながらも同じようになでてやる。
下を向いたその顔は微かに赤い。
ふわりとした穏やかな空気を楽しんでいれば、ぱたぱたとした足音が1,2,3・・・9、つ?
その音たちは部屋の前まで来ると躊躇なくふすまをあけさらった。
「「「先輩!!」」」
可愛い可愛い後輩たちがどうしようもなくいとおしく感じた。
「先輩先輩、痛くない??」
「大丈夫だよ、ありがとう、喜三太。」
「先輩、僕にできることがあったら、何でも言ってね!」
「頼もしいよ、金吾。」
「おなかすいてないですかあ??」
「今のところは。」
口々にかけられる言葉。
それらはどれも優しくて。
こぼれそうになった涙を根性で我慢する。
「雅さんは、元気ですよ。」
それは兵太夫の言葉で。
「そうか。よかった。」
自分でも驚くほど自然にその言葉が出た。
兵太夫ときり丸がその答えに顔を見合わせて笑って、隠していたつもりでも、ばればれだったのだと解った。
「ええと、みんな先輩は病み上がりなんだからあんまり長居しちゃ・・・」
「心配してくれてありがとう、乱太郎。でも、大丈夫だよ。」
「でも、そろそろ失礼します、先輩。」
の体調を気にして声をかけてくれた乱太郎。
それに同意するように庄左エ門が頷いて。
「・・・ありがとう、な」
一番近くで立ち上がろうとしていた庄左エ門と彦四郎を引き寄せて、抱きしめた。
「わ!」
「せ、先輩?!」
驚いた声を上げた庄左エ門とおどおどする彦四郎。
それにくすりと笑いを漏らせば腕の中の抵抗は弱まって。
かわりにが感じたのは後ろからの衝撃、ぬくもり、重み。
それはの腕の中にいる二人をも同時に包み込んで。
「・・・へ?」
驚いて声を上げるが後ろから強く抱きしめられているため、どういう状態なのかよくわからない。
「あ〜!庄左エ門、ずるい!」
「いいなあ・・・」
「・・・何してんすか?鉢屋先輩。」
きり丸のその言葉によってようやく現状を把握した。
つまり後ろにいるのは、
「・・・鉢屋先輩。」
三郎だ。
名前を呼べばさらに腕は強くなる。
「ええと・・・、心配をおかけしました。」
人一倍、委員会を大事に思っている、人との触れ合いが大好きな悪戯好きで頼りになる先輩。
「無事でよかった、。・・・おかえり。」
耳元でささやかれた声はそこにいるにしか聞こえないほど小さな音。
おぼろげな記憶の中でも、は覚えていた。
確かに三郎があの場所に来てくれて、助けてくれたことを。
「ただいま、です。」
体に回る腕にそっと触れた。
「おお。千客万来とはこのことだな。」
その声と共に姿を現したのは、紺色の集団。
足音も気配もなかったのはさすがだ。
「不破先輩、久々知先輩、それに竹谷先輩も。」
「よかったよ、無事で。」
「あの時姿を見たときは本当に驚いたぞ。」
「大分よくなったみたいだな!」
「ご心配をおかけしまして・・・」
苦笑いで答えれば後ろの三郎にまったくだと返されて。
でも彼らの顔に浮かぶのは暖かな笑み。
うれしくてうれしくて。
「三郎。それくらいにしときなよ。」
べりりと音がなるほど勢いよく引き剥がされた三郎。
雷蔵にぐちぐちと文句を言っているがここまでは聞こえない。
目の前に移動してきた兵助に目をやる。
「、お見舞いの品だ。」
ごそごそと懐から出されたのは竹の葉でくるまれた手のひらくらい大きさの何か。
「え、ありがとうございます?」
うけとれば柔らかい。
「兵助・・」
「まさかとは思うが・・・」
雷蔵と八左エ門の会話を聞きながらその竹の葉を開ける。
そこにあったのは、白く煌めやかな・・・
「あ、豆腐ですね。」
「「やっぱりかよ!!」」
保健室に満ちた笑い声に、心のそこから安堵した。
今ならば素直になれるだろうか。
※※※ おかえりの言葉が大好きです。
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