ドリーム小説









 宵闇 肆拾









 言葉に出せば案外簡単に受け入れることができた。



「迷惑だとか、巻き込まれたとか確かにあるけど、それは全部あなたのせいじゃあない。」

布団から起き上がって、立ったままの彼女を見上げる。

「でも、」

言い募る彼女を言葉をかぶせることで制する。

「俺の秘密がばれたのも、あの場合は不可抗力。あなたがこれから先誰にも話さなければ、秘密は秘密のまま。」


それに、もう幾人かには知られているし。


「それに、俺もあなたに謝んなきゃいけないこといっぱいある。」

その言葉を聴いたからか彼女は先ほどまで座っていた場所に再び腰を下ろした。


一つ息を吸い込んで。

「ごめん。あなたのことを避けていて。」

「でも、人それぞれ好き嫌いはあるから、気にしてない、よ?」

の言葉に慌ててそういう彼女。

そうじゃなくて___
むしゃくしゃとする頭の中の整理がなかなか付かなくて頭をがしがしと掻きむしる。

「俺は、」

その綺麗な瞳をまっすぐと見ることができなくて、微かに視線をそらして告げる言葉。

「あなたが嫌いです。」

「っ、」

微かに息を詰める気配。
それでも彼女を見ることができなくて。

「俺と、私と違って、姿を偽る必要のないあなたが。」

「・・・え?」

真意を図りきれないのであろう。
彼女の声は困惑に満ちる。

「そのままのありのままの姿で、この世界に存在していられるあなたが。」

「どういう、こ、と・・・?」

出される言葉は掠れていて。

「力を代償にに私はこの場所にいることができている。」

不要なものはいくらでも切り捨てられるこの時代。
忍者になるための知識と経験をつむためにこの場所にきた。
年を一つとるごとに減っていく仲間たち。

そうならないために、必死でこの場所にすがり付いている。

「ただ、居場所が亡くなったという人はこの世界にいくらでもいるのに」

戦で村を家族を両親をなくしたり。
城が落ちて働き場所を失ったり。

「あなたはこの場所にいることができる。」

たった一つ、人とは違うからと、


「ただ異世界の人物だという理由で。」


そしてあなたは

「忘れたころにやってきて、思い出させるだけ思い出させて。」

「そうやって、私の生活を、私がいる世界を引っ掻き回して。」

そこで言葉をとめて、ようやく彼女を瞳に写す。
暗いのに、彼女だけは輝いているようなそんな錯覚に陥る。

彼女の瞳が物言いたげに揺れる。
でもそれを見ないふりをして。

「これからもまた、あなたは巻き込まれる。」

「この学園に、騒動に。」

それは必然的に。

「それでもあなたはこの場所にいることができる?」


その質問に彼女はとてもとても綺麗に微笑んだ。


「それでこの場所に存在できるのならば。」



ここを居場所にするためにまきこまれてもかまわない?

ここにいるならば巻き込まれても仕方がない?



ここにいたいから巻き込まれようとも乗り越える。



彼女の答えはとても簡単で単純ででも、一番納得のいくものだった。












夜。

ようやく時間ができて、彼女の元にいける。

本当はもっと早く行くつもりだったけれども、なかなか都合が付かなくて。

小松田君のせいで書類が倍以上に増えたり、ご飯の支度が何故だかいつもよりも忙しくなったり。

そうして今日もおそらく行くことができないと思っていたのだけれども、少しだけ早く仕事が終わって。
だからこそ彼女のいるであろう医務室に向かうことにした。

ゆっくりと足音を自分でできる最大限に忍ばせて医務室のふすまを開く。

中をのぞけば彼女は寝ているようで。

そっと彼女がいる布団の横に座る。

「・・・寝てる、よね?」

ささやくようにしたその声は静かに部屋に落ちて。

「助けに来てくれて、ありがとう、ね」

ずっと言いたくて、言うことができなかった言葉を告げる。

本当は面と向かって言いたいけれども、彼女は私を嫌っているようだから。
あなたが一緒にいてくれなければ私はすぐにくじけていた。
一人でどうしようもなくてなくことしかできなかった。

だからありがとう。

「あなたのおかげで、またこの場所に戻ってこれた。」

私が存在することを認められたこの場所に。
暖かな声が存在がたくさんあるこの場所に。


「迷惑をかけてごめんなさい。」

私一人が連れて行かれるはずだっただろうに、あなたまで一緒に連れて行かれる羽目になってしまって。
しかも嫌っているのであろう私と一緒に。

「巻き込んでしまってごめんなさい。」

たくさんたくさん私のせいで傷ついてしまって、怪我をしてしまって。
私をかばって多くの傷ができて、学園に戻ってからも幾日も眠り込まなきゃいけないほどに。

「秘密を知ってしまってごめんなさい。」

あなたが女の子だと知ってしまってごめんなさい。
隠しているということは、忍たまにいるということは隠すだけの理由と覚悟が必要だろうに、それを簡単に知ってしまったごめんなさい。


何度も繰り返すのは謝罪の言葉。
まるでその言葉しか知らないように。

罪悪感というには似つかわしくない感情。

きっと私は恐れているの。
彼女に嫌われることに。

一通り話して、席を立つ。

今度はどうか起きている彼女に面と向かって話せるように。

「最後に、あなたの名前、いつか教えてください、ね。」

作法室でみたあなたの名前を。





ゆっくりと再びふすまに手をかけて部屋を出ようとした、その瞬間に小さく、でも確かに部屋に響いた凛とした声。

「・・・え?」

ふすまに手をかけた状態のまま動きを停止させてゆっくりと振り返る。

「俺の名前。、だよ。」

そこには布団から起き上がってこちらを見る二つの瞳があった。

その瞳は微かな月明かりを映してきらりと光った。


「迷惑だとか、巻き込まれたとか確かにあるけど、それは全部あなたのせいじゃあない。」

布団から上半身を起き上がらせた姿で、彼女は続ける。
その声は凛と透き通って聞こえる。

「でも、」

言い募ろうとしたのに言葉をかぶせられる。

「俺の秘密がばれたのも、あの場合は不可抗力。あなたがこれから先誰にも話さなければ、秘密は秘密のまま。」

なんとも簡潔なその言葉に、言える言葉が見つからなくて。

「それに、俺もあなたに謝んなきゃいけないこといっぱいある。」

言葉を探している間にそのように言われて、私は再び先ほど座っていた場所に腰を下ろした。


一つ息を吸い込んで。

「ごめん。あなたのことを避けていて。」

まっすぐな瞳で。

「でも、人それぞれ好き嫌いはあるから、気にしてない、よ?」

それにはすんなりと返事ができた。
好きな人嫌いな人は誰だっている。
私だってそんな人たくさんいるもの。

彼女に嫌われているのは悲しいけれど、仕方がないことで。

考えを必死でまとめるように彼女は頭に手をやって髪をぐしゃぐしゃとかき回す。

「俺は、」

彼女の瞳は私を避けるようにそらされた。

その手は宙を舞ってひざのうえに落とされた。

「あなたが嫌いです。」

「っ、」

予想していた言葉。
それでも実際に聞けば悲しくて、胸が痛くて。


でも後に続いた言葉は予想もしなかった言葉。


「俺と、私と違って、姿を偽る必要のないあなたが。」

「・・・え?」


『俺』ではなく『私』と言った彼女。

言葉の真意を図りきれなくて思わず間抜けな声が出る。

姿を偽る?
つまり男だと偽るということ?

「そのままのありのままの姿で、この世界に存在していられるあなたが。」

「どういう、こ、と・・・?」

どくり

一瞬ものすごく大きな予感がした。
激しく心臓が音を立てる。


  この世界


それは、どの世界?

言葉に含まれる意味を慎重に掬い上げて。


目をそらしたまま、こちらを向かない彼女。
でも彼女の言葉が一つ発せられるごとに大きくなる胸の鼓動。


「力を代償にに私はこの場所にいることができている。」

彼女の力を思い出す。
私をかばう小さな背中。
安心させるように笑むその顔。

「ただ、居場所が亡くなったという人はこの世界にいくらでもいるのに」

戦場で幾人もが行き場を失う。
きりちゃんみたいな子がたくさんいるこの世界で。
確かに私はこの世界に居場所がなかったのに、救われている。


「あなたはこの場所にいることができる。」


助けられている。

唯一つ


「ただ異世界の人物だという理由で。」


そのまま彼女はさらに小さな声で呟く。
それは独り言のようで。
でも私の心を捕まえるには十分。


「忘れたころにやってきて、思い出させるだけ思い出させて。」

どくりさらに激しくなる音。

「そうやって、私の生活を、私がいる世界を引っ掻き回して。」

期待する心。


それはもしかして、もしかして

     あなた、も___


そこで言葉をとめて、ようやく彼女は私を見た。

言葉を発したい。
あなたに聴きたいことがある。

でも、それは闇に消えて。


「これからもまた、あなたは巻き込まれる。」

ゆっくりと先ほどとは違いこちらを見ながら彼女は話す。
まるで先ほどのことなどなかったかのように。

「この学園に、騒動に。」


「それでもあなたはこの場所にいることができる?」


その質問は意味のないもののよう。
思わず笑みがこぼれるほどに。


「それでこの場所に存在できるのならば。」












解ったことがある。

おやすみなさいの挨拶をして部屋から出て。

襖に背をつけて、月を見上げて。

彼女の姿を脳裏に浮かべる。

彼女はとても優しい人だ。
言葉の一つ一つはとてもきついけれど、それはよく聞けば忠告にも似て。
私を思うもので。



以前のあの言葉は私に早くこの世界に慣れろというもの。

そして今回は、この学園にいる限り私という存在は利用され続ける。
代えはないけれども、なくなっても困らない道具として。

それなのにこの学園にいることはできる?

この学園は私が思っているよりもずっとずっと怖いところだと非情なところなのだと。

それはなんて優しい言葉。

なんて優しい忠告。






ここにいたいから巻き込まれようとも乗り越えることができるのよ。

ここが私を受け入れてくれる限り。






『忘れたころにやってきて、思い出させるだけ思い出させて。』



『そうやって、私の生活を、私がいる世界を引っ掻き回して。』




思い出すのは彼女の言葉。


まさか、まさかと思う。

で、も___

ちゃんは私の世界を知っている、の?」


月明かりの下呟いた憶測の言葉はわずかな期待を残して消えた。












※※※
若干歩み寄り。
というより秘密暴露。
和解といえば和解したような・・・?(あれ?)
ちなみに雅さんがご飯の仕度を忙しく感じたのは、が朝にご飯を作るお手伝いをしてたことに関係。
(この設定が久しぶりすぎて管理人すら忘れかけてたなんて秘密だ。)













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