ドリーム小説
宵闇 肆拾肆
今日退院だった。
本当ならばすぐに行こうと思っていたのだけれど、先生に休んできた分の補習をされて。
おかげでのもとに向かえたのは昼を少し過ぎたころ。
でも、向かったの部屋にはその姿はなくて。
(布団が干されていたりしたから、帰っては来たのだろうけど。)
少しだけ胸がうずいた。
今からの用事は宿題として渡された問題をとくことではあったけど、が帰ってくるのをこの場所で待つことにした。
夕方になっても帰ってこなくて、微かによぎる闇色の考え。
それを頭を振ることで大丈夫だと思い直して。
夕飯に呼びに来た滝夜叉丸について食堂に向かう。
帰ってきたならば食堂で会うはずだから。
でも、その予想と反しては食堂にはいない。
ぶるり、背中を嫌な汗が流れる。
滝と三木とタカ丸さんとでしばらくまっていたが、一向にやってこない。
途中で作法の立花先輩に何か言われた気がするけれども、頭の中にその言葉は残っていない。
食堂の中の人もまばらになって、滝から部屋に戻ろうという提案がなされて。
部屋に戻る途中、のことを考えていて思ったこと。
であればなまった体を動かそうとどこかで自主錬をしているかもしれない。
その考えにたどり着いたから滝に一言言って長屋から離れた。
体を突き動かすこの感覚は焦燥
感じたのは恐怖。
どこを探しても見つからないその姿に、
聞こえない声に、
焦る焦る
心が早鐘を打つ。
それはあの時と一緒。
学園から姿を消して傷ついて戻ってきたあの時と
暗い闇の中、月明かりが不安を掻き立てる。
脳裏を掠める記憶。
大怪我をおって重症で死んだように眠り続けたあの姿。
怖い、怖い、怖い
が、消えることが怖い。
自分を知っている人間が消えてしまうことが怖い。
ねえ、どこにいるの、。
不安で怖くて、どうしようもなくなったとき、ふと鼻腔を掠めた甘い匂い。
下級生のころ、がよく作っていた甘いお菓子。
思い出したと同時にその場所に向かっていた。
紫色の装束に黒髪。
そして小さな背。
見つけたことに安堵してその体に飛びつく。
倒れるかと思ったけれど、そこは何とか踏ん張ったみたいだ。
「部屋にいなかったから」
またどこかに消えてしまったのかと思ったんだ。
ポツリこぼれた言葉は自分で思っていたより弱弱しかった。
「だいじょうぶ、だ。喜八郎。俺はここにいる。」
その言葉にぎゅうと腕に力をこめる。
抱きしめるというよりすがりついたみたいになった。
「喜八郎。」
びくり思わず体が揺れた。
そっとふわりと頭に載せられたぬくもり。
こわばった体が緩む。
に
呼ばれることに安心する。
その心地よい音に癒される。
温もりに愛しさを覚える。
「俺はここにいる。そうだろう?喜八郎。」
さっきとおんなじ言葉だけど、さっきよりも深く心にとどまる。
ほっと息をはいてさらにぎゅうと抱きしめた。
なによりも喜八郎が恐れているのは消失。
自分を知る人間が減ってしまうことへの恐怖。
自分を証明するものがなくなることを恐れている。
自分の存在に理由を求めている。
いずれ 忍びとなってしまう私の その前の姿を知っていて?
※※※
喜八郎は自分を、しのびになってしまう前の自分を知るものがいなくことを恐れています。
自分がちゃんと人として生きていた証拠を、自分が忘れてしまわぬように。
存在を証明にしたいのです。
ええと、きはちろにとっては大事です。
でもそれがどんな意味でかは自分では解っていません。
というか大切だから大切なんです。
というのがこの連載でのきはちろだったりします。
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