ドリーム小説




 



 宵闇 伍拾睦



6年生の先輩方が忍務に向かってから三度日が昇り、沈んだ。

そんな夜半、はいつものように鍛錬をしていた。


きん

張り詰めた空気がその場を包む。

虫の声は消えて、ただ静寂すぎる静寂がその場を包んで。


「・・・・・・」


嫌な予感、とは言い切れないが何か不自然な状況にくないを構える。

がちょうどいた門の辺り。

うっすらとした気配がする。

ゆるり

流れ出した不穏な空気に

さわり

あふれ出す濃い鉄の匂いに

頭のどこかで警報にも似た予感が告げる。


一瞬よりも早い速度で目の前に降り立ったのは黒。

自慢なまでの黒髪は何らかの液体でぎちり、硬くなりかけていて。

常に志高くあれと言うその瞳はどろり濁りにも似た色をかもし出し。

気高くあれとたたえるその口は浅く長い息をする。

喉元に構えられた刃は切れる寸前を保つ。


「立花先輩」

不意に発したの言葉。
それによってその人物、仙蔵の体がびくり、ゆれる。

喉元に突きつけられたままだった刃はあっさりとの喉元を切り裂く。

「___っ、あ・・・・・・」

その場にあふれた新たな血の匂いに、ようやく正気を取り戻したように仙蔵が声を上げる。

目を見ればゆらり、いつもの光が見て取れて。

しっかりと目を見つめる
ふわり微笑んで言葉を発する。

「お帰りなさい、先輩。」

それにようやく先輩は体から力を抜き去り、緊張を解いた。


「すまなかった、・・・」

告げるその姿は、弱弱しく疲れきっているようで。
それでも言葉はいつもと同じ。

ほっと息をつけば仙蔵の後ろから新たに現れる、気配。

仙蔵よりもさらに強い鉄のにおい


それは、獣であった。

咆哮さえせねども、それは獣と同様のものであった。

ぎらりぎらり

その目は爛爛と輝き

その姿はまさに  忍び


そっと近づけば鋭い眼に打ち抜かれる。

「七松先輩」

呼ぶのは彼の名前

「七松小平太先輩。」

ゆっくりと目が閉じられて。

「おかえりなさい。」

発した言葉に彼はいつものように笑った。

「ただいま!帰ったぞ!!」

思い切り抱きつかれてよろける。

鼻につく匂いを無視して。

三日ぶりのその体温を感じた。









「仙、ちゃん・・・?こへ、くん・・・?」


その声が聞こえるまでは。




    油断していた

がさり揺れて現れたその姿に、三人の思いが重なった。

空気が凍ったと同時に今まで姿を見せていなかった月が、煌々とあたりを照らした。

「どうしてっ、そんな傷だら、け、でっ!」

大きく息を呑んだ気配と共に叫び声にも近い声。

ゆるり

黒い黒い、深海をも思わせる瞳がゆっくりと確実に彼女を映す。
彼のあでやかな声は硬く硬く、強張っていた。

「雅」

その声は必死に柔らかさを出そうとしているようで。

視界の先、びくり、肩を揺らす彼女。

「せん、ちゃ、ん・・・」

「この傷は忍務を、こなして、できた。」

とつとつと話される言葉に彼女の瞳はゆらり揺れた。

「っ、そんな風に、怪我しちゃう、ような・・・?」

「ああ。」

「仙ちゃんたちは、まだ15、なのに?」

信じられないように、胸元の手をぎゅうっと握って。

「そんなのは関係ない。関係あるのは、ただ、私たちが卵といえど忍びだと言うこと。」

「し、のび・・・」

「そうだ。私たちは、忍び、だ。主のためだけに力を注ぐ。主の命であれば、どんなことでもやってみせる。」

「っ・・・」

まっすぐに突き刺さる視線は、ただただ真実だけを告げていた。

「それがたとえ、誰かの命を奪えと言う命だろうと。」

「っ、そん、なのっ!!」

首を大きく振り、体を揺らして、耳をふさぐ。
まるで、そこにあるものすべてを、否定するように。



「っ、そんなの、ただの人殺しと同じじゃないっ!!」



その声は大きく大きく、あたりに響いた。

後ろの二人が息を呑んだ気配がした。


ぷつり


頭のどこかで何かが切れた。


気づいたら体が勝手に動いていて。



その場に響いた乾いた音に。
右手に走る熱い熱に
目の前で頬を押さえ驚きで目をそらす彼女に。


「やっぱり、あんたは害にしかならない」


あふれ出る思いに、そんな言葉しか出なかった。



早く、この場所から去っていってくれないか。

この学園の皆にこれ以上いらない思いをさせないように。

彼らが、自らの進む道に疑問を抱くことをさせぬように。



彼らの志を打ち砕く前に。










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