ドリーム小説
宵闇 伍拾漆
「っ、何してるんだ!!?」
後ろから現れたのは残りの4人。
そのうちの一人がこの状況を見て声を張り上げる。
目の前で瞳を潤ませる彼女と、腕を振り下ろしたままの。
どちらが悪かなど、一目瞭然だ。
「っ、雅!」
一目散に彼女に駆け寄ったのは、留三郎。
その赤い頬に触れその熱に顔をしかめる。
その際にぽろり、零れ落ちた涙にいつもであれば動揺でもするはずなのに、その頭に手を載せて優しく撫でた。
姿を現した文次郎がポツリ呟いた。
「・・・、これはおまえがやったのか?」
低い低い声。
それは常とは違って厳しくて、咎めるようで。
留三郎は振り向きを睨み付けるように見て。
「何をした、。」
静かなその声はただ、怒りを含んでいて。
「食満、先輩、」
そんな瞳を向けられたのは初めてのことで思わず体がすくむ。
「雅さん、これ頬に当てて?」
「いさ、くくん・・・」
いつの間にか姿を消していた、伊作はぬれた手ぬぐいを彼女に手渡す。
「・・・。」
朗々とした、めったに聞かない声色は、長次のもの。
「・・・彼女が、何かをしたと、しても・・・お前は、卵とは、いえ、忍びだ。彼女に手を上げるということが、どういうことか、解っているのか・・・?」
あまり聞かない声だからこそ、よりいっそうの心に深く刺さって。
でも、そんな状態を壊したのはすべての元凶であるはずの彼女だった。
「怪我、してるの?!留くんっ、」
月明かりによって照らされたそこが赤く染まっていることに、驚きすがるように留三郎の袖を引いた。
「あ、いや、これは・・・」
その後に続く言葉をさえぎるように雅は留三郎に抱きついた。
「怪我、しない、で・・・誰も傷つけない、で・・・」
留三郎の胸元に顔をうずめて、ささやく声は、魔薬のように、あまい
「おね、がいだか、ら・・・っ、」
泣きすがる姿にすべて彼女の言うとおりにしたくなる。
でも、その姿にいまだにの怒りは収まらず。
「なら、あんたはっ、」
絞り出す声がその場に響き渡る。
「あんたはっ、死ねと言うのかっ?!」
それは悲痛なまでの響き。
「彼らにっ、おれらにっ!!!」
ただただ彼女を睨み付けながら。
体を小さく震わせて、留三郎が守るように彼女の前に立つ。
その姿に幾分か落ち着いた自分が居た。
「殺さずに戦意を失わせることは殺すよりもずっと難しい。ためらえば、こちらが、死ぬ。」
ただ淡々と。
述べる真実。
「手足を動かなくして、戦意を失わせて、それで?それでそいつは使い物にならなくなったそいつはそれからどうやって生きていくの?ならばいっそ、殺してやったほうがそいつのためだろう?」
抑揚のないそれは怒りも何も含むことはなく。
彼女にこの世界をわからせるために。
「この世界は、そんなところ。忍びは、いつも死と背中合わせ。」
目の端に映った仙蔵が言うな、と首を振るのが見えた。
だが、の口は止まらない。
「そんなことも解らないのであれば、早くここから居なくなれよ!」
本心から告げたそれに、動いたのは留三郎。
一瞬での前に現れて。
「っのやろうっ!!」
それらはまるでスローモーション。
振り下ろされたそれが、ゆっくりとに近づく。
「やめてっ!!」
響くのは彼女の悲鳴。
「っ」
振り上げられる手をただじっと見ていた。
近づいてくる手はひどくひどく怖かった。
ぱしり
乾いた音。
それは小平太が出した音。
留三郎の手を止めるために。
「留三郎。それをやったら、私は留を許せなくなる。」
小平太の手によって、に振り下ろされるはずだったそれは途中で止まっていて。
ぐらり、体が、揺れて、世界が回った。
へにゃり、その場に崩れ落ちたのは、彼女。
ほろりほろりその頬にこぼれるのは真珠のような雫。
それをはなにも言わずに見つめていた。
「。」
ゆるり耳朶に届くのは、聞きなれた級友のもの。
振り向けば、いつもと同じ無表情。
いつもと変わらないその瞳はを映していて。
ふつり
空気が切れる感覚に、ゆっくりと喜八郎がに近づいてきて。
「部屋に戻ろう。滝もまってる。」
それだけ告げての手をとって歩きだした。
はそれに、後ろを見ることなどなくついていった。
壊れていったのは、俺?それともこの場所?
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