ドリーム小説








  宵闇  捌










眠れない。
最近なかなか眠れない上に、眠りが浅くなった。

その理由は定かではないが、彼女が来てからだというのだけが確かだ。




いつも夜は鍛錬をすることにしているが、此処最近はいつもよりも長い時間行っている。
今までは眠れないときは、鍛錬を終えてからも同室者と話して眠りを待つことが多かったのだが、その同室者はが4年に上がると同時にいなくなった。
理由は、知らない。
この学園ではよくあることだから、一々気にしていられないのだ。


キィンと金属同士がぶつかる。

「くっ、」

声が漏れる。
(力では勝てないっ!)

判断してくないを微かにずらす。
そうして微かに重心をずらし相手の懐にもぐりこむ。
足を払おうと足を動かす__
と、

「っ、はっ!」
「甘いっ!」

「っわあ?!」

逆にこちらが払われて、その場に倒れ込む。

そのまま気づけば首元にくないがあった。


「・・・・ありがとうございました。」
「ああ。こっちこそいい運動になった。」


(・・・そんなことを言っても息一つ乱れていないじゃないか。)
そう思いながらも差し出された手を素直に受け取った。
今日は最高学年である潮江文次郎がたまたま鍛錬の場に居合わせた、ということで相手をしてもらっていたのだ。

「最後の、いけると思ったんですけどね・・・。」
「甘いな。あの時微かに足元を確認しただろう。あれで隙が出来たんだ。」
「あ。あれですか・・・。」
「だがまあ、以前より成長はしている。」
「ありがとうございます。・・・また今度お願いしても?」
「俺の都合がよいときならな。」
「はい、それでかまいません。ありがとうございます。」
「ああ。」
「おやすみなさい。」
「よく休めよ。」

ことごとく貶すくせに、最後の最後で優しさを匂わせる。
そんな文次郎がは嫌いではなかった。
彼の言っていることはどれもが正しいことであるし、そして厳しくも自分のためとなって返ってくる。
それはが望むものであったし、願っていたことでもあった。
最上級生ともなれば気づいてしまうものが多いのだ。
が自分たちとは異質な、異なった存在であると。
気づかれることは覚悟していた。
もともと、男の姿としてこの場所にいるのは、師匠の言いつけのせいである。
彼自身もまさか気づかれることがない、などとは思っていないだろうから。
結局は、が女だと確信を持ち出した人はを他の忍たまのように扱ってはくれない。
まるで柔らかな、真綿でくるむように接してくるのだ。
一部の上級生は。

その中で文次郎はにとって稀有な存在であった。
を女とわからないはずがない。
それでも今夜のように組み手をするときですら、手加減の色など見せない。
それどころか駄目だししかしてこない。
そんな感覚がにはうれしいのだ。


火照った体に夜風が涼しい。


疲れた体にこれで眠れるかと自室へと向う。


と、

「____」



微かな声が聞こえた。

無意識に足がそっちへ向う。

くの一長屋。
本来ならば足を踏み入れることなど許されない場所だが、はそんなこと気にもしなかった。




「か、えり、たい・・・。」


小さな声で聞こえてきたそれに急激に全身が冷めていくのを感じた。


かさり、無遠慮にそこへと足を踏み入れれば、膝にうずめていた顔がぱっと上がる。

その表情が彩るは驚き。

月の明かりの下涙で頬をぬらすその姿は確かに美しかった。
自分は美しいと自負する滝夜叉丸が認めるのも、多くの忍たまたちが懸想するのも納得できるくらいに。


「ご、ごめんなさい、うるさかった、ですよね?」


慌てて言われたその謝罪に、胸の中で不快感が広がる。


慌てて目元を拭いこちらに向き直りふわり、華が綻ぶ様に笑った。


ずくり

胸が可笑しな悲鳴を上げた。
だからなのか、話すつもりなどなかったのに口が勝手に開いたのは。

「えと、始めまして、だよね?君とは、私は___「帰れるわけ、ない。」

「・・・え?」

笑みが微かに霞む。

「君は帰れはしない。もとの世界には。」

「なん、で?」

無表情で言ってやれば顔が恐怖に歪む。
(そんな顔すら綺麗だなんて、卑怯、だ。)

「じゃあ聞こうか。何で君は帰れると思ってる?」

「っ、」

ゆらり、彼女の瞳が揺れる。

「確かに、帰れないなんて根拠はないかもしれない。でも、帰れる根拠はもっと、ない。」

ぽとり、雫が零れる。
まるで宝石のようなそれが。

「だから、さっさとこの世界で生きていく覚悟を決めなよ。」

「・・っ、・」

「じゃあね。」



涙で声が出せないであろう彼女を一瞥して。
言いたいことだけを述べて、その場を後にする。
彼女が泣いていようと別にかまいもしない。
どうせ、これから先も彼女と関わるつもりはないのだから。


ただ、その静かに涙を流すその姿は、

まるで過去の自分を見ているかのよう。


(同属嫌悪、かな。)

ふと頭に浮かんだその言葉があまりにもこの状況にぴったりで思わず笑った。



彼女がこの後泣いていようが興味はない。







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