ドリーム小説









 宵闇 五十七













伸ばした手、張り裂けそうなほど張り上げた声。

でも、それは掴まれることなく。



はっきりと目に映ったのは家の天井。


それが揺らいで見えるのは、私の瞳が揺れているからで。


どうしよう。

掴めなかった。

彼の手を。

大事な大事な友人の手を。


あんなにも瞳を紅くしていた喜八郎の手を。





「っ、ど、してっどうしてだよっなんで、何であの場所に帰れないんだよおおおっ!!」


頬を伝う滴が畳に流れ落ちてしみを作る。


思い出すのに時間がかかったせいで、彼らをあんなにも傷つけて。


戻ることもできなくて。


どうすればいい?
どうすればあの場所に戻れるの?
どうやって?

あの場所に俺の世界に帰れるの?





、帰ってるの?」

暗かった部屋いきなりついた明りに目がくらむ。

帰ってきた母が顔を覗き込んできて、そして驚いた顔をした。

「あんた、何泣いてるの?なにかあったの?」

その声は心配という感情をたくさん含んでいて。

それにすら今は涙が出る。


「母、さんっ・・・」

「・・・どうしたの?」

「俺、行かなきゃいけないところが、あるん、だっ。」

泣くのをこらえながらそう言えば母さんは一度驚いてそして優しく笑った。

「なら、行きなさい。」

それは強い言葉。

「あなたの望むとおりに。」

俺の背中を強く推す。

「それがあなたの生きる道でしょ?」

すべてを受け止め抱きしめるその人は慈愛に満ちた表情で言った。



「っ、ありがと、母さんっ!」




叫んで一度だけ抱きついて、そして俺は家を飛び出した。
















行ける方法なんて知らない。

どうすればあの場所に行けるのかなんて。



でも、ほんの少し、覚えている。



俺があの世界に行った場所。











山の頂上に近い公園。


時間のせいか、誰もいないその場所はあの世界で見た景色とはまったく違って。


でも、その空だけは変わらなくて。




紅い夕闇。


それは温かな光。


でも、今の俺には違うものにも見えて。



           この手を染めた命の色。


でも、俺がいたいと望む本当の場所は___





「俺は、あの場所にかえるんだああああああああ!!!!!」





全力で手を伸ばして、掴むようにその空に飛び込んだ。









※※※
以前はきれいだなあと思ってみていた夕日。
今ではこの手を染めたあの色にしか見えなくて。













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