ドリーム小説
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宵闇 三郎10
走ってたどり着いた医務室。
中から聞こえてくるのは先輩たちがじゃれつく声。
弱弱しい声ではあるけれどもいつもと変わりなく響く声。
それにどうしようもないくらいに安堵した。
そして同時に、「いつも」という単語を思い浮かべた自分に吐き気がした。
あんなにもその言葉を嫌ったあの人にまだその言葉を当てはめるのかと。
「どうせのことを考えててとちったんでしょう?」
突然静かになった部屋の中。
聞こえてきた言葉は自分を示すもの。
体が震えた。
そんなことを聞きたくはない。
そんなことを知りたくはないというのに。
「泣いてたよ。」
そんなことをばらさないでください。
自分が弱いのだとさらけ出すようなこと。
「いいの?このままで」
いいと言われてしまったら、もう立ち直れそうもないのに。
「なくすのが怖いからって手に入れるのを恐れるなんてただのバカだ。」
びくり
静かな声なのに含まれるのはれっきとした怒り。
それは殺気にも似たもので体に響く。
と
そっと襖が開けられてひょこりと兵助と八左衛門の顔がのぞく。
無言で手招きされて中に入るように促されて。
そっと中に入れば三郎は横たわったまま顔を覆っていて。
ぽんぽんと叩かれた床に座る。
その場所は三郎先輩の真正面で。
困ったように横を見上げればしい、と口元に指をあてた兵助がふ、と微笑んだ。
「自分でもわかってるよ。バカだってことぐらい。」
響いた声が弱弱しくて、怪我をしていたんだと思いだす。
「けど、怖いんだよ。」
次いで聞こえたその言葉に、信じられない気持ちでいっぱいになった。
この人が、恐れを口にするなんて。
ことん
心が新たに熱を打った。
新しい発見に、始めてみたこの人の弱いところに心が音を立てて高鳴りだす。
愛しい
生まれた感情に名前をつけるとしたらそれで、その感情は好きよりももう一つ上を行っていて。
「なあ、三郎。そうやって怪我して帰ってきたことでにも同じ気持を味あわせたこと、理解してるか?」
「っ、」
八左衛門の言葉に息を詰まらせた三郎。
今それに気がついたのであろう。
ああ、でもそんなこと気にしなくてもかまわないのに。
なくすのを恐れても、俺は手に入れたいと思うのだから。
「三郎が怪我して帰ってきて、からしたらどんなに怖かっただろうね。」
雷蔵の言葉にぎゅう、と手が強く握られたのが見えた。
そんなに強く握ったら手が傷ついてしまうのに。
「迷惑だって言われたままそのままで二度と会えなくなったかもしれない。」
兵助の淡々とした言葉が、しんとした部屋に響いて。
二度と聞きたくなかった言葉でも、いまでは以前とは違う意味で聞こえて。
「三郎。」
促すように名前を呼ぶ勘右衛門。
「このままで、いいの?」
再び問うようにかみしめるように
「いいわけ、ないだろう!」
そう言って起き上がってきた三郎とかちりと視線が交わる。
ずっと話を聞いていたことに恥ずかしさはあるが、それでも、それでも
「三郎、ちゃんと言うんだよ?」
「じゃあな、!」
「あとでな。」
「頑張ってね?」
満面の笑みで医務室を出て行ってそこに残ったのはあっけにとられた狐面と居心地の悪い紫であった。
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