ドリーム小説
宵闇 弐ノ拾弐
向かった硝煙蔵。
そこでは静かな攻防が繰り広げられていた。
微かに聞こえてくるうめき声や鉄のような臭い。
それに口元の布を引き上げて辺りを見まわす。
中へと侵入できた敵はまだいないようだが油断はできない。
慣れ親しんだ気配が硝煙蔵の中からすることにそっと息を吐き出して二人の後輩へと目をやる。
こわばらせた顔は目の前の状況に対してだろう。
の視線に気づいたのか二人は視線をこちらに向けた。
「硝煙蔵の中に火薬委員がいるはずだから状況を把握してきてくれ。」
頷き動き出した二人。
その背中を見送って、夕方喜八郎によって盛大な罠が作られていた場所へと向かった。
静かな闇の中ひらりひらり闇色の蝶が舞う。
それを操るのは萌黄色の装束をまとい首元に鮮やかな赤を抱く少年。
「孫兵」
静かに名を呼べば閉じられていたその瞳が開かれて。
綺麗な切れ目の瞳がを映し出す。
一瞬だけを見た孫兵はそっと視線を塀へと向けた。
そのまま彼自身が踊るように腕を伸ばせばひらりひらり麟粉を巻き上げ蝶が飛ぶ。
さわり
新たに増えた気配は孫兵の放ったそれらによって一瞬で消えて。
「先輩」
そっと近づいてくる孫兵にこちらからも手を伸ばす。
「怪我は?」
その問いにふるりと孫兵は首を振って。
「僕は大丈夫です。」
そういって伏せられた目。
微かに見えた瞳に浮かんだ悲しげな色。
それはきっと他の生物たちの帰らぬことを悼んでいるのだろう。
ここで繰り広げられているものは静かであれど壮絶な戦で。無意識に手を伸ばして一度二度、その頭をなでる。
彼の首元のじゅんこにもそっと触れて、そうして新たに現れた黒へと向き直る。
が、それはまた一瞬のうちに姿を消す。
「綾部先輩の蛸壷に結縁さんが細工を施したところですね。」
冷静に孫兵が言う。
木の上が小さく揺れ、そこから影が下りてくる。
その影は素早く消えた影をとらえて。
くのいちであろうそれらの影に一度眼をやって、辺りを見る。
「他の生物委員は?」
その言葉に思い出したように孫兵の顔が真剣なものへと変わる。
「一平を庵へ連れて行ってください。」
その言葉に背筋が冷えた。
彼が指差した先へ視線を向けるのが怖かった。
「孫兵先輩、僕は大丈夫です」
指差された先の繁みに近づいていけば一平の声。
思ったよりも元気そうなそれにそっと胸をなでおろす。
「どうした。」
「敵を倒した後に回収した毒蜘蛛のみいこが興奮してたみたいで誤って一平に噛みついちゃったんです。」
その小さな体の横に寄り添えば一平よりも先に三治郎が状況を説明してくれた。
「毒消しはすでに飲ませましたがあまり動くのは良くないので連れて行ってください。」
後ろから補助のように聞こえた孫兵の言葉に頷いて一平をそっと抱き上げる。
近くで見ればその顔は微かに青い。
「先輩、僕は大丈夫ですよ、」
慌てて声をあげて降ろすようにと請われるがそれは聞けない相談だ。
「一平、じっとしてな。」
その言葉にようやっと一平の動きが止まる。
ちらりと見た顔は眉が垂れさがり申し訳なさそうで。
「一平をお願いします!」
「・・します。」
「ああ。お前らもこの場所は任せたぞ。」
孫次郎と三治郎の言葉にうなずきそう返して一平をそっと抱えなおした。
そうして再び孫兵を見る。
「孫兵、これからもっときつくなる。…いけるな?」
「いけます。」
力強いそれに笑みが漏れる。
これならば任せられると。
外から中をうかがう多くの気配は確実にこの場所に乗り込むのだろう。
「先輩、一平をお願いします。」
孫兵のその声を背に庄左衛門たちを残している硝煙蔵へと向かった。
「すみません、先輩。さっそく迷惑かけちゃいました・・・」
硝煙蔵へと走っていればそっと呟く声が聞こえて。
落ち込んだ声にその頭を一度なでてやる。
「庵でほかのみんなを手伝ってくれたら、それはすごく助かるな。」
そう言えば一平は顔をあげてはいと声をあげた。
「タカ丸さん」
硝煙蔵の中に入った瞬間に向けられたのは多くの殺気と刃だった。
首元に突き付けられたそれを取り出しておいたくないで防いで年長者の名を呼ぶ。
「ちゃん?」
「わわ!先輩!?」
慌ててたようにくないが取り払われぱたぱたと駆け寄ってくる小さな影。
「お怪我はありませんか?」
「先輩、一平どうしたんですか?!」
庄左衛門は冷静に彦四郎は腕の中にいる一平を見て焦ったように声をあげた。
「少し怪我をしたから庵に連れて行くんだ。・・・何か変わったことはありませんでしたか?」
始めの言葉は彦四郎に向けて最後の言葉はタカ丸に向けて。
「今のところは何もなかったよ。」
「・・・外から色々聞こえてくるのですがどんな感じなんですか?」
「大きな怪我とかはしてないですか?」
「正門では三之助、左門を中心に会計と体育それから作法が頑張ってくれている。
裏の方では孫兵、それからくのいちの子たちが頑張ってくれている。怪我は、いまのところはまだ大丈夫だ。」
タカ丸の言葉に頷き、三郎次にそう返して心配そうな久作に笑ってやる。
「まだこの場所に近づくものはいない。でも、油断はするな。」
そのまま硝煙蔵の奥へと目を向ける。
そこにはまっすぐとこちらを見てくる一対の眼。
その眼はらんらんと輝き、興奮が見て取れる。
「きり丸。」
呼ばれた名前にゆっくりと体を震わせたきり丸。
そのそばへと行ってその体をそっと抱きしめる。
「大丈夫だ。誰もいなくなったりはしないから。」
きゅうときり丸の小さな腕が体に回りしがみつくのが感じ取れた。
優しく幾度かそれをなでて次いでそのそばで心配そうにしていた久作を見る。
「任せる、な。」
「、はい。」
そう言ってそっときり丸から手を話し久作へと渡す。
表面上では落ち着いて見えるきり丸だが心中は測りきれない。
人を失うことに人一番敏感な後輩
もう一度その背をなでて立ち上がった。
「庄はここで待機していてくれ。彦は俺と一緒に。」
「「はい」」
一度下していた一平を抱き上げて二人の後輩にそう告げる。
それに頷いたのを確認しては硝煙蔵から飛び出していった。
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