ドリーム小説









宵闇 弐ノ拾伍







胸騒ぎ

虫の知らせ

嫌な予感


それらが胸の中で渦巻いていたのだ。









先生から言われたのは卒業前の試験のこと。

私たちは去年五年だったときにそれを見ていた。

だからこそもうその時期だとわかっていたし、実際に私たちが体験する時期だと理解もしていた。

それに対して思うところはあれど、自らの先を作るものであるのだからと、納得もしていた。



だけど、胸騒ぎがしたんだ。



それは些細なものなのかもしれない。

でも、確かに胸の奥でざわりざわりと何かが侵食するように音を立ててはいずりまわるのだ。

それの正体はわからないながらも、よくないものだという認識はあった。



以前にも感じた覚えのあるそれは実習の最中であったり何者かと刃を交えたときだったり。

そしてその胸騒ぎがあったときは必ずと言っていいほど、誰かが怪我をしたり命を落としたり危険な目にあったりすることがあった。

だからこそ、この胸騒ぎが怖かったのだ。



実習で何かあるのかもしれない、もしかしたら、考えたくはないが学園に何かあったのかもしれないと。




ついた実習先。

忍びこむ城。

そこには多くの先生方も待機していて。



それはつまりあの学園が今とてつもなく無防備だという証拠。


頭に浮かべる大切な後輩たち。

紫色の人一倍頑張り屋で意地っ張りで、それでいて面倒見の良い後輩を脳裏に浮かべて

そして

その姿を闇の中に消し去り、目の前のものに意識を向けた。

















月が妙に明るい。


満月ではなく少しだけかろうじて雲のあいまから月が見えるような、そんな日だというのに、だ。

目を眇めるような眩しさではなく、ぞくりと何かを感じさせるような、明るさ。

それがゆっくりと胸の奥で蟠る。


嫌な日だ


卒業試験を受けるためのこの実習。

失敗は許されない。

それでも、その失敗を恐れているわけではなくて。

どちらかといえば、自分よりもあの何事にも一直線な暑苦しい級友やら、集中すると獣以上に厄介な暴君やら、
不運という名をほしいままに身にまとい忍びに向かない笑みを浮かべる男の方がどんなに不安か。

六年を共に過ごして生きた大切な友人たちを思い出し、ふ、と笑みを浮かべる。

もう共にこういうときいを過ごすのもあとわずか。

それを知っていながらお互いにそれを口に出すことなく。

皆が皆思っているのだろう。


こんな時が永久に続けばいいのに、と


あの学園という箱庭の中

自分という存在が許されるあの場所

この手を汚した私たちを、温かな、闇を知らぬ幼子は柔らかく迎えてくれる。

『先輩』としたってくれるあの子たちに何度心許されたか。

陽だまりのような笑みに何度痛みを癒されたか。

それは私だけでなく、皆が感じているであろう思い。

学年が上がるにつれ必然的につらくなる世界の中、たったひとつのよりどころ。


将来重荷になるであろうに、作った大切なものたちは、心の中の休息の地




だからこそ、あの場所を踏みにじるものを、私は許しはしない。



この心にくすぶる何かが、さっきから必死で警告音を鳴らす。

六年間培ってきたものが、ただただ危険信号を送る。


だからこそ、いまは目の前のものに集中しなくてはならない。


早く、この試験を終えて、あの場所に戻らなければ取り返しのつかないことになる



喜八郎、頼む


ほやりとした無表情の後輩。

その姿をまぶたの裏に焼きつけて


そうして闇の世界へと身を投じた。




























何かが、ある


そう思ったのはどうも私だけではないようだ。

その証拠にまず、先輩方のまとう空気が尋常でないほどぴりぴりとしている。


卒業がかかった試験だから、というだけではないそれ。


忍びとしての勘が訴えているのだ。



何か、よくないことがある。と


本当のことを言えば、何もかもをほっぽり出して、あの安息の場所に急いで戻りたい。

あの学園に残る愛しい幼子たちをこの手に抱きしめたい。


でも、いまそれは叶わないことで。


学園の最高権威者が脳裏をよぎる。

学級委員長委員会の責任者でもあるあの人はなかなかに食えない人で。


いきなり何事か突然の思いつきをしたかと思えば、学園中の生徒を苦しめる。

それだけでなくて、あの人はたまにものすごく非情になる。


まるでそれが本来の姿かと思うくらいに、血も涙もない権力者になる。


それは先の彼女の件ではっきりしていることであり、これからでもいつでもあり得ることであった。


だからこそあの人が、いまの無防備なあの場所をほおっておくはずがない。

そう思うのだ。


「三郎」


思考に陥っていた私を呼ぶ声に顔を上げる。

そこにいたのは大切な友人たち。

皆が皆一様に険しい顔。

まあ、私の名を呼んだ彼は困ったような顔であったけど

「落ち着け、三郎」

再び呼ばれる。

今度は兵助だ。

「なんのことだ?」

その言葉の意味がわからず問いかければ、ため息。

「お前の殺気で森中が静まりを持てない。」

八の言葉にようやった自分の体から溢れる殺気に気づく。

どうやら私はなかなかに焦っているらしい。

「早く戻れるように、先輩たちも努力してらっしゃるよ。」

勘右衛門のふわりとした笑みに少し、心が落ち着く。


手を一二度握り締め、感触を確かめる。

闇の中自分という存在がこの場所に存在している証拠を体に感じさせるために。


一度皆と顔を合わせうなづく。


大丈夫、まだあの場所は壊れない


ゆるりまぶたに浮かぶ紫に思いを託す。





、どうか頼むぞ、あの場所を。

守ってくれよ、私の大切な場所を。
















※※※
こへ、仙さま、三郎視点










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