ドリーム小説



記憶を辿って100  ごめんなさいよりありがとうを
















あの事があってから、始めてまともに名前を呼ばれた。






教室の中、今までの授業の道具を片付けていれば呼ばれた名前。

ゆっくりと向けた視線の先、孫兵が立っていて。


「どうしたの?伊賀崎君。」

名を呼べば、少しだけ躊躇するように目を揺らして、そうしての腕をつかんだ。

「こい。」

短くそう言われ、手を引かれて。

教科書をそのままに立ち上がる。

「この間、八左エ門先輩に会った。」

生物委員会の先輩のその名前。

微かに体が震えた。

「僕を見て驚いて、それからすごくうれしそうに笑ってた。」

惹かれる手が熱い。


いらないことをするな、とまた言われてしまうのかと心が弱る。



けれども



「・・・ありがとう」

かけられた言葉は予想もしないもの。

前を向く彼の顔は見えないけれど、それでもその言葉は確かにに向かって放たれていて。


「期待、してなかったのに。それでも僕を見て名前を呼んで、笑ってくれて。どうしようもなく嬉しかった。」


微かに見える横顔は、少しだけ微笑んで見えて。


「それから。ごめん」

ひかれていた手が、一度強く握られて。

「いらないことなんて、言ってごめん。」

ぎゅっと、引き締められた口元が見えた。

がいなかったら、思い出すことができなかったって。先輩たちが言ってた。」


ぴたり、突然止められた足。

振り向いた孫兵のその表情は


「本当にありがとう」



今まで見た中で一番綺麗に笑っていた。






一瞬の笑みの後再び歩み出した先。

そこは同じ三年の教室で。


「数馬。」


入口に立って呼んだその名前はにとってよく知っている名前。

同時に近づいてくる気配。

ふわり

桃色に近い色を持ったその髪。

をみてきょとりとした表情をして見せた。

もう慣れ切ったその表情。

それでも、少しばかり胸が痛い。


数馬はあの学園にいた時幾度となくお世話になっていた。

授業で鍛錬で、よく怪我をしてたを癒してくれたのは、目の前の彼の温かな手であったから。


「お久しぶりです。三反田君。」

帰ってくる言葉はわかりきっていても、返さずにはいれなくて

でも


ぱちりぱちり


幾度か目を瞬かせて、そうして彼はふんわりと柔らかく笑った。


ちゃん、だよね?」


呼ばれたそれに、びっくりして、でもすぐにじわじわと嬉しさがこみ上げる。


「あの時はなんども治療していただきありがとうございました。」


嬉しくて、ただ告げたそれにふわり、とても綺麗に数馬は笑う。


「数馬。」

名前をよんだ孫兵に向けられる視線。

なぜここに連れてこられたのか、いまいち理解してないも同じように孫兵をみる。


「二つ上の先輩方を覚えているか?」


孫兵が何を言おうとしているのか、今理解して。


「先輩方皆思い出したらしい。」

「・・・え?」

あっけにとられた、そんな顔で数馬はつぶやいて。


「三郎先輩と勘右衛門先輩しか記憶はなかったのです。」

そっと横から補足するように言葉を述べる。


「でも、皆思い出しました。」


鮮やかではない、ただ可憐な小さな花がゆっくりと花開くように。


数馬は泣きそうに笑った。



「思い出して、くれるかもしれないんだね?」



数馬の苦しさが、孤独が、ただ胸に響いて。


はやく、はやくと願った。
























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