ドリーム小説
記憶を辿って119 これは僕の記憶なんかじゃ、ない
次は体育の授業だ。
体操服を持ち、更衣室へと足を向ける。
更衣室までの近道と踏み入れた中庭。
と、そこにある水道で一心不乱に手を洗う生徒が目に入った。
いったい、何を、そうおもいはすれど、興味はない。
面倒なことに顔を突っ込むつもりもない。
そう、思っていたのに。
「きもち、わる、い・・・」
不意に耳に入った言葉。
内容よりもその声が、心を止めた。
幾度となく近くで聞いてきた声。
あの世界で、僕の持つ記憶で存在していた存在。
あれは過去だ。
僕にはもう関係ない。
そうわかってはいたけれど、動かずにはいられなくて。
「そんなに、手が汚れているのか?」
気がついたら必死にこするその白い手をつかんでいた。
びくりと驚いたように肩を震わす目の前の少年が振り向かないことにただ安心して。
「手が、赤く染まっていて、消えないのっ!」
捕まえたのに、その掌はまだごしごしとこすられていて。
赤い色が染まっていて消えない。
何を、馬鹿なことを言っているのだろうか、この子は。
呆れたと同時に、すごく笑いたくなった。
赤い?
どこが?
君の手は、真っ白で、穢れがない。
「伊助の手は、綺麗だよ。」
「・・・え、」
流れるままに放りだした言葉は、その人物の名前を含んでいた。
間違いだとは思わないその名前は、二度とよぶことなどないと思っていたのに。
かかわるつもりなどなかったのに。
声をかけるつもりなどなかったのに。
口が勝手に言葉を紡ぐ。
「大丈夫。伊助の手は、とても綺麗だよ。」
人の生を奪うことで生きていた僕の手の方がよっぽど赤く染まっているよ。
伊助、だって、君の手は綺麗な色を作り上げることができていただろう?
その手がつくりだした赤色なんか目じゃないくらい綺麗な色を。
目の前の彼が身じろぐ。
その動作に、ようやっと意識が自分の元へと戻ってくる。
僕はいま何を言った?
目の前の、知らないはずの彼の、名前を呼んだ。
それどころか、何を、言った?
目の前の彼がこちらを向こうと体をよじった。
だめだ
「っ、庄ちゃんっ!?」
間一髪。
本能に任せて、体を動かせばいつの間にやら遠く離れた木の上にいて。
自分の身体能力が高い方なのはわかっていた。
でも、あの時と同じだけの能力など持っていないはずなのに。
否、あの頃の自分はいまの自分とは無関係の人物のはずなのに。
体が震える。
小さなころ、押し込めた記憶が、元の体に戻りたがるかのように頭を打つ。
知らない知らない知らない。
僕は何も知らない
僕は、あの時の記憶など、知らない。
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