ドリーム小説
記憶を辿って120 募る苛立ち
いらいらする
こんな感情は久しぶりだ。
今まで生きてきた中でここまでいらだちが募るなど。
「なあ、黒木。」
休み時間のたんびに話しかけてくる奴がいる。
「何かな?摂津君。僕これから先生に用事があるんだけど?」
「あ、そか、ごめんな。」
毎回内容もないことを話に来る。
意味がわからない。
申し訳なさそうに笑って見せれば、ごめんと返して逃げていく。
その先には加藤がいるのだろう。
見なくてもわかる。
知りたくなくても知ってる。
あの日、伊助というやつに話しかけて以来ずっとあいつは、摂津は僕に接触を図る。
いい加減にしてほしい。
彼らが望むのは、記憶を持ち、そのまま今につながる僕だろう?
残念ながら、僕は記憶を持っているところでこの記憶を認めているわけじゃない。
つまり、僕は君たちが求める僕じゃないというのに。
一日が、終わる。
いつもと変わらずにホームルームを終えて帰ろうとしていたのに、今日だけは違った。
「黒木、話がある。」
まっすぐに僕を見てくるその瞳。
「ごめん。今日これから用事があるんだ。」
いつものように笑ってやり過ごそうとしたのに、僕の腕は誰かによって掴まれた。
「ごめん、ちょっとだけ付き合って。」
苦笑しながら皆本が僕の腕をつかんでいた。
僕の行く手をふさぐように誰かが立ちふさがっていた。
「そんなに時間はとらないから!」
違うクラスの、確か稲名寺といった気がする、が僕の前に困ったように立ちふさがっていて。
まったく、用事があるというのもあながち間違いではないというのに。
脳裏に浮かんだまだ幼い弟を迎えに行けるのは何時くらいになるだろうか。
前に摂津。
後ろは稲名寺。
左右に皆本とこれまた違うクラスの加藤が陣取り連れて行かれる最中。
そんなことをぼんやりと考えていた。
たどり着いた先。
そこにはすでに幾人かの姿があった。
それは確かにかつての記憶の中に存在していた気がする。
福富、山村、佐竹、記憶が正しければそんな名前だった気がする。
ふにゃり、それらが皆、楽しそうに嬉しそうに笑うものだから、不快だ。
「庄左エ門だぁ!」
山村が口にしたその名前。
呼ばれたのは、誰の名前だろうか。
その名前は、 僕 の も の じ ゃ な い 。
いくら僕を形作ろうとも、それは僕を意味する語ではない。
「なあ、黒木庄左エ門。」
ゆっくりと先頭を歩いていた摂津がくるり、振り向いた。
その瞳はまっすぐと、痛いほどに僕に向けられていて。
鋭いそのまなざしと瞬時見つめ合う。
それが、ふいに、ふわりと柔らかく形作るものだから、頭が警報を鳴らすように音を立てた。
「はやく、手を掴めよ。」
まっすぐに僕に向かって差し出された手は、迷うことなど知らないかのよう。
それがどうしようもなく怖くて、堪らなくなって、思わず口は勝手に動く。
「摂津君。いったい何を言ってるのかよくわからないんだけど?」
にっこり、そういう形容のし方が似合うであろう笑い方をすれば、摂津はめんどくさそうにため息をつく。
「何を今さら言ってるんだよ庄左エ門。」
掌を上に向けて、いたその手がくるり、裏返される。
人差し指をぴんと伸ばして僕へと向ける。
「俺らのこと、しっかり覚えれるだろうが。」
ぎちり
頭が、きいんと鈍い痛みを訴える。
知らないものとして、僕のものではないと閉じ込めた記憶が、じわりじわり、しみだす。
「さあ、意味がわからないね。」
はやくはやく、僕をこの場所から解放してくれないか?
複数の眼が、僕を鋭く射抜くのが、気持ち悪くて仕方がないんだ。
「僕の名前を呼んだくせに。」
不意に後ろからかけられた声。
それはついこの間聞いたばかりのもので。
ゆっくりと振り向いた先。
そこには三つの影。
僕に向かって足を進める彼らは皆、僕から目をそらすことはなく。
一番前にいた二郭がぴたりと僕の前で止まった。
視線を全くそらさずに僕を見るものだから、僕から目をそらすことができるわけもなく。
ゆるり、持ち上げられた二郭の手が、さわり、僕の心臓のあたりに、ふ、れ、た
その瞬間、体は反射的に逃げ出し、気がついた時には自分は近くの木の上にいて。
その下には皆が僕を見上げていて。
「ねえ、庄ちゃん。」
二郭と共に来た笹山と夢前が楽しげにほおを緩ませたのが見えた。
「えい!」
そんな小さな声と共に、かちりと木から音がした。
自分で気づくよりもずっと早く、体は動く。
頭上から降ってくるあまたの物体を無意識に避け、猿のように軽々と木から下りる。
「ほら、覚えてるでしょう?動き方も、避け方も、僕たちのことも」
降り立った先、再び差し出された手。
二郭の眼は微かに湿っていて。
「お願いだから、逃げないでよ、庄ちゃん」
ぱきり
しまっていた記憶は、ひどい本流のように溢れだした。
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