ドリーム小説



記憶を辿って126  手伝ってくれますよね


















「ふふふ、お久しぶりです、先輩。」









教室の前、名前を呼ばれて振り向けば、ふわりふわり白くてきれいな髪が、揺れていた。


まっすぐにを見つめるその目は、鋭くて、獰猛な光を帯びていて。

けれど同時にへと絶対の信頼を示してもいた。


「時友、くん。」


金吾の先輩。

二年生。


そして、以前彼の教室でぶつかった。


それくらいの小さな情報。

今何の役にも立たないそれらを携えて、何の準備もないままはその場に、四郎兵衛の前に立ち尽くしていた。


ざわりざわり。


昼時のこの時間、教室には多くの人がいて。

違う学年の彼は当然目立っていて。

それを迎えているも必然的に注目を与えていた。


「ええ、と」


どうすればいいのか、の頭が微かにパニックを起こしていればふふふ、と再び温かな笑い声。


「ここじゃ、お話しにくいので、よければ移動してお話しませんか?」



にっこり、その笑みは、普通であればこちらの心を柔らかく溶かすようなものである気がするのに、なぜだろうか。

目の前の彼からはそれ以上に恐怖を感じた。




屋上に行きましょう。


そう言って歩き出した四郎兵衛の後をついて歩きだす。

先をいくその背中は微かにこわばって見えて、固い雰囲気を醸し出す。

そのふわふわとした笑顔との違いがちぐはぐだ。










がちゃり

音を立てて開けられた屋上のドア。

その先にはよい天気だというのにだれもいなくて。


端まで歩いて手すりに背中を預けて、くるり、四郎兵衛は振り返る。

先輩。」

先ほど教室で見たほわほわしたあったかい笑みはそこにはない。

まっすぐな鋭い視線がただそこにあった。

「ときとも、くん」

そらすこともできずその瞳を見つめ返す


「・・・ごめんなさい。そんな怯えた顔させるつもりはなかったんでけど。」


と、ふにゃり、その表情が緩み、今度は悲しげな泣き出しそうなものに変わった。


「え・・?」

変わりすぎるその雰囲気にこちらの力も抜けて。


「やっぱり上級生の教室ってなんだか緊張しますよね〜」


ほわほわとした雰囲気をかかもしだしながら、四郎兵衛はそう言った。

「・・・もしかして緊張してたからそんな怖い顔してたの・・・?」

思っていたよりもずっと単純な理由に思わずその場にへたり込む。


えへへ、そう言いながら困ったように笑うものだから、なんだかこちらも笑えてきて。


「・・・でも、用事があるのは本当だよ。」


手すりに預けていた背中を外し、ゆっくりとへたり込むの前まで四郎兵衛はやってくる。

そっとしゃがみこんであわせられた視線。

その色は期待の色。


「金吾に聞いたんだ。」

ぽつり話されたのは彼の後輩の名前。

がきり丸の次に出会ったは組の子。


先輩のおかげで思い出せたんだって。」

確かに金吾の背を押したのはかもしれない。

けれども

「違うよ。あれは金吾が頑張ったから。自分から一歩を踏み出したからだよ。」


彼が動き出したのは彼自身の力だ。


はただそのきっかけを作っただけだ。


その言葉に四郎兵衛はきょとりとした表情を浮かべた。

「そっか。」

そしてふにゃり、また笑う。


「じゃあ、僕の背中だって、押してくれるよね?」


その笑みは一瞬で雰囲気をがらりと変えて、にっこりとしたものに変わった。


「時友、くん・・・?」


「ふふふ、四郎兵衛、って呼んでくださいよ。、先輩?」


するり、彼のてがへとのびる。

その手はゆっくりとの髪を一掬い掴んだ。

人に、しかも男の子にそんなことをされたことのないはかちり、固まる。


「僕、今度三郎次たちを家に呼んだんです。遊びに来て、って。」


四郎兵衛はそんなを気にもかけず、言葉を続ける。


「乱太郎やきり丸、金吾たちにも来てもらうんです。」


するり、掬った髪をそのまま自分へと引き寄せる。

「ねえ、先輩も、手伝ってくれますよね?」

四郎兵衛の口元にの髪が引き寄せられる。

くっと上目使いで見られて、は自分の顔が赤くなっていくのを感じた。


「ちょ、時友くんっ__」

「四郎兵衛って呼んでくださいよ。」


ぐん、と目の前に四郎兵衛の顔がいっぱいに広がる。

そのまっすぐな綺麗な目がをまっすぐと見つめていて。

彼の瞳に自身が移るのが見えるくらいの近さ。


「ねえ、手伝ってくれますよね?先輩。」


疑問文であるはずのそれなのに、肯定以外の返事を許してくれないその雰囲気。


その近さに、声に、瞳に、惑わされるようには必死で頭を上下に振った。


「わかった、手伝う、手伝う、からっ!近い、近い離れて?!」


パニックに陥ったを楽しむように四郎兵衛はほとんどない距離をさらに埋めようと身を乗り出した。

「ありがとう、先輩。」

まだ年相応の低すぎない声が、耳元で響く。

のパニックが最高潮に達しそうになったその時だった。


。」


ひょい、そんな軽い効果音で、の体は宙に浮く。

先ほどまでの零にも近いその距離は離れて、変わりのぬくもりが体に回されていた。


「時友、学校で白昼堂々とそう言うことをするな。」

耳に伝わるその声は先ほどまでとは違い落ち着く低さを持っていて。

そしてその声はよく聞く声で。

「伊賀崎、くん・・・?」

名を呼べばゆっくりと離されるからだ。

ゆっくりと振り向けば呆れたような表情の孫兵。


、お前も女なんだから危機感を持て。」


ため息と同時に落とされた言葉に先ほどまでの状況を思い出し、一気に顔に熱が上がる。



「お久しぶりです〜伊賀崎先輩。」

ふにゃり、先ほどまでの雰囲気はどこに行ったのか。

彼はふたたびいつものようにほわほわと笑う。


でも、それは次の四郎兵衛の言葉に裏切られた。



「いいところだったのに、邪魔しないでくださいよ。」



この日からの四郎兵衛に対する認識は大きく変化したのだった。














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