ドリーム小説
記憶を辿って127 望むのは背中を押してくれる手。
どうすればいいのか、わからなくて
動きだしたくても、一歩が踏み出せなくて。
そして金吾に聞いたんだ。
ねえ、金吾、どうして君は動き出すことができたの?
怖くはなかったの?
それにふにゃり、笑って金吾は答えた。
先輩が、僕の背中を押してくれたんです。
先輩。
それは誰だっただろうか。
考えていれば金吾がその答えを教えてくれた。
「中等部三年の先輩です。先輩っていって・・・もとくのたまの先輩でした。」
ほら、あそこ、金吾が指差した先に見えた女子生徒は、以前僕がぶつかったことのある人物だった。
「お久しぶりです、先輩。」
先輩の教室の前で声をかけて名前を呼ぶ。
「ときとも、くん・・・?」
戸惑ったように僕を呼ぶ声が、耳に気持ちがいい。
こわばる体を叱咤して、笑って見せる。
たぶん、僕から立ち上る気配に、何かを感じているのだろう。
微かに瞳が恐怖を訴える。
それを和らげるように笑って見せるけれども、自分でも焦っているのがわかっていて。
周りからちくちくと集まる視線。
少しばかり気になるけれど、それはたぶん先輩の方がそうだから。
場所を変えましょう、そう誘って歩き出す。
後ろからついてくる気配。
それがあることにほっとして、どうやってきりだそうか迷う。
三郎次たちを僕の家に呼んで、そしては組の子たちにも手伝ってもらう。
まだ言いだせてはいないけれど、それだけ考えていて。
後輩をいじめながらも大事に大事に思っていた彼らならきっと少しでも記憶の片りんを思い出してくれると、信じている。
だけど、まだ少し、怖いから。
だから、ねえ
先輩
僕に 勇気を頂戴
屋上にあがって、太陽の下に出る。
くるり、手すりに背中を預けて先輩を見れば、きらきらきらきら、光を受けて輝いていて。
綺麗だなあ、と思ったんだ。
そう思った瞬間、なんだか今まで怖がっていた自分が馬鹿らしく思えてしまって、ふにゃり、こわばっていた表情が緩む。
「やっぱり上級生の教室ってなんだか緊張しますよね〜」
そんなうそを言葉にすれば、目の前の先輩はほっとしたように表情を緩ませる。
本当は、違う。
怖かったんだ。
言葉を告げて、否定されることが。
あなたに会いに行って、突き放されることが。
でも、そんなことはないと、わかったから。
へたりこんだ先輩に近づいて、用件を話す。
まっすぐなその瞳は、吸い込まれそうなほどきれいで、
でも、同時に
自分の手で汚してしまいたい衝動にかられる。
それを抑えるように髪を掬えば真っ赤になるそんな姿が可愛くて。
ぐいと近づけばさらにあわあわと慌てる。
「ねえ、手伝ってくれますよね?先輩。」
告げればすごい勢いで上下される首。
可愛いなあ。
そう思ってもう少し近づく。
耳元で言葉を紡ぐ。
だけど、タイムリミット、かな。
屋上の扉から現れたのは黄緑色のネクタイ。
あの時はずっと首元にいた赤は、さすがにこの時代では存在しない。
鋭い切れ目の瞳が僕を見て、微かに歪む。
「」
名を呼ぶと同時に、僕の目の前から先輩をすくいあげる。
離れていく温もりを悲しく思いながらも、笑う。
お久しぶりですね、
でも、でも、
「いいところだったのに、邪魔しないでくださいよ。」
もうちょっと赤くなって困る先輩を見ていたかったのに。
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