ドリーム小説
記憶を辿って129 柔らかく笑って送り出そう
「先輩っ!」
駅前のとあるオブジェの下。
呼ばれて振り向いた先。
そこには待ち合わせをしていた人物。
「おはよう、きり丸君。」
ぱたぱたと走ってくるその後ろには他の人物もいて。
「遅れちゃってすいませんっ!」
確かに待ち合わせの時間よりも15分ほど遅れていたが、は特に気にもしてなかったので笑って返してやる。
相当急いだのだろう。
その額には微かに汗が光っていて。
それでいても息一つ見だしていないところは彼ららしい。
「ごめんなさいっ、先輩!」
「すみませんっ」
ぺこり。
きり丸の後ろから走ってきた乱太郎と金吾が頭を下げる。
「大丈夫だよ、気にしてないから。」
手をパタパタとふって笑って見せればようやっと三人の顔がふわり、笑みになる。
「それより、乱太郎君大丈夫?なんか泥だらけなんだけど。」
その言葉の通り頭を下げていた乱太郎の髪はぼろぼろ、服はドロドロ。
かろうじて眼鏡はかけてはいるが、どことなくよろよろだ。
「ええと、まあ・・・」
「ぶっちゃけ、遅れた理由ですね。」
「保健委員の宿命、ですよね・・・。」
三者三様。
金吾はさりげなく視線を外し、きり丸はきっぱりと言葉を紡ぎ、乱太郎はどこか遠くを眺めた。
「ごめんね?せっかくの休日に集まってもらって。」
四郎兵衛がしょんぼりとした表情で言葉を紡ぐ。
「いえ、これは四郎兵衛先輩の問題だけじゃないんですから。」
「そうっすよ。それに二年の先輩って言えば、久作先輩もいるでしょ?」
「もちろん左近先輩も。僕たちだって思いだしてほしいんです。」
三人が三人とも、とても凛々しい顔立ちで告げる。
「ふふふ、ありがとう。」
ほわほわ、ようやっといつもの笑みを浮かべて四郎兵衛は感謝の言葉を述べた。
「・・・四郎兵衛、先輩?」
ほわほわとした四郎兵衛の笑みでその部屋の空気は緩んだ、はずであった。
が、なぜか皆が皆一様に何とも言えない表情をしている。
乱太郎は困ったように視線を泳がせて。
きり丸はどことなくむすりとしていて。
金吾はどう尋ねようかと考えあぐねるように四郎兵衛を見る。
その視線を受けてなお、四郎兵衛はほわりと笑う。
「なあに?金吾」
「いや、それは私のセリフだと思うんだけど・・・」
四郎兵衛のすぐそばから発せられた言葉はのもの。
この場所にはいたのだ。
先ほどから一言も話さないからまったくもって存在感がなかったとか、そういうわけではない。
問題はのいる場所にあった。
「・・・時友先輩、なんで先輩を抱きしめてるんですか?」
きり丸がむすりとしながら、まるで自分のお気に入りをとられてすねるように言う。
その言葉の通り、は四郎兵衛の腕の中にいた。
自身この状況の意味を理解していない。
四郎兵衛の家にたどり着いて、中に通されて、四郎兵衛の部屋に迎え入れられて、
そして次の瞬間気がついたらは四郎兵衛に引き寄せられてその腕の中にいたのだ。
「ふふふ、だって先輩柔らかくて気持ちがいいんだもん。」
「セクハラっ!?」
四郎兵衛のいきなりの発言に驚きは声をあげて身をよじるがそれをものともせずに四郎兵衛はほわほわと笑い続ける。
先ほどまで柔らかく見えたその笑顔が凶悪なものに思えてくる。
「乱太郎君っ・・・!」
どんなに動こうとも離れないその腕に若干泣きそうになりながら、目があった乱太郎に助けを求める。
が、
「う、・・・ごめんなさい・・・。」
そっと目線を外された。
「、金吾君っ!」
その隣にいた金吾の名を呼べば、さりげなくこちらを見ようとしなかった金吾がそっとこちらをうかがう。
「ええ、と、四郎兵衛先輩、先輩嫌がってますから、離して・・・もらえないですよねえ・・・」
多少頑張ろうとした様子は見えるが、元委員会の先輩。
強くは出れずあえなく撃沈。
「っ、きり丸君っっ!!」
最後の頼みの綱、きり丸に目を向ければ、ふわり、体から離れる腕。
というか、持ち上げられたからだ。
「時友先輩、いい加減にしてくださいよ。」
ふわりときり丸に助けられてはほっと息を突く。
「あ、りがとう、きり丸君・・・」
なぜにこれから大変という時に疲れきっているのだろうか。
ため息をついて座り込めばぽんぽんと柔らかく頭をなでられた。
きり丸のその優しい手にふにゃり、頬が緩む。
と、
「きた、みたいだね。」
ふわり、玄関に現れた知っているような気配と同時に音を立てたインターホン。
「行ってらっしゃい。」
微かに震えた四郎兵衛の手。
それをそっと包みこんで背中を押す。
「行ってきます」
ふわり、四郎兵衛はいつものように笑って答えた。
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