ドリーム小説


記憶を辿って136 もう一度皆で笑いあおう
















「ああ、僕が説明しますよ。」


振り向いた先、笑った兵太夫の姿。

ぺろりと唇を舐める艶やかな表情に、背中がぞくりとした。


「ええと、兵太夫くん、なんでここにいるの?」


恐る恐る問えば楽しそうに笑う顔。


「街であった伊助がここに来るって聞いて面白そうだったんでついてきました。」


さっぱりぽんと返された答えは至極簡単なもの。


じわり、そっと距離を詰められて、は微かに後ずさる。

兵太夫にしても、四郎兵衛にしても、この子たちはパーソナルスペースというものを無視しすぎではないだろうか。

一歩下がったに兵太夫はさらに楽しそうに口端をあげて。

「・・・伊助君がここに来るのは知ってたけど、どうして先輩たちが来たの、かな?」


じわじわとヘビがカエルを追いつめるように、兵太夫は満面の笑みでとの距離を測る。

そして問われた言葉に楽しそうに返事をする。

「豆腐屋さんの前で絹ごしにするか木綿を買うかで迷っている久々知先輩を見つけたんですよ。」


その言葉に簡単に浮かぶその情景。

何とも言えない気分になる。


「タカ丸先輩は横断歩道で信号待ちをしてる時に目があったんです。金髪が綺麗に光って、同じように満面の笑みで返されて。信号変わった瞬間突撃されたんです。久々知先輩が。」


それも簡単に脳裏に浮かぶ。

あの頃からタカ丸は兵助の髪を愛でていたから。


返された言葉に苦笑しながら頷けばいつの間にやら目と鼻の先に兵太夫の整った顔。

「っ!?」

先輩?どうして逃げるんですか?」

はしりと掴まれた腕は熱い温度を伝えて。

理由はわかっているだろうにへと疑問を投げかける。

ことりと傾げられた首にさらり、流れた髪が艶やかさを醸し出す。


「っ、きり丸君っ!!」


その状態にいたたまれなくなって先ほども助けてくれたきり丸の名を呼ぶ。

「あー・・・」

瞬時するようなきり丸の声。

ちらりとそちらを見れば困ったように眉をひそめていて。


「きり丸君、」


もう一度名前を呼べば、きり丸は微かに兵太夫に目を向けて、そしてそらした。

後へらり、笑い顔。


「すいません、先輩。兵太夫の怒りは買いたくないんで。」


あっさりとあっけにとられるほど簡単に助けの綱は、切り落とされた。


ひらり、さよならをするみたいにきり丸が手を振る。

見捨てられた事実に、この何とも言えない微妙な空間にぴしりと固まった

「さすがきり丸。よくわかってるよねー。」

後ろからの楽しそうな声。


ぎゅう、と兵太夫がきり丸を見るために振り返っていたの後ろから抱きつく。


「ちょ、」


慌てて抗議の声をあげようがお構いなしに兵太夫はを抱きしめて。

二つ年下ではあれど、もうすでに背が伸び出している兵太夫の腕の中にはすっぽりと収まって。


ぎゃーぎゃーと腕を動かすがそれすら簡単に抑え込まれる。


ちなみに淡い期待を込めて見詰めた金吾にはものの5秒で目をそらされた。


「兵太夫君!本当に離してくれないかな?!」

先輩って小さいですよねえ。」

こちらは必死で訴えるのに、兵太夫は聞く耳を持たない。

それどころかさらに強く抱きついてくる。



と、


「兵太夫、先輩が困ってるよ?」


ふわり、


思いもしなかったところからの助け。

兵太夫の腕から解放されて見上げた先、銀色の髪をふわふわさせながら笑う四郎兵衛。

そしてなぜか今度は四郎兵衛の腕の中。


「ちょ、四郎兵衛君、状況変わってないから!!」


「時友先輩。そっちこそ無理矢理はよくないですよ。」


「ふふふ、不思議なこと言うねえ。先輩こんなにも喜んでるのに。」


「いやいや、喜んでないですよっ!?」


「それを言うなら僕の腕の中ではとても恥ずかしがりながら笑ってくれましたから。」


「笑ってない笑ってない、恥ずかしいんじゃなくて嫌だったんですって。」


をはさんで前と後ろ。

視えない何かを飛ばし合う二人はふわふわ、綺麗に笑うくせに何処となく恐ろしくて。

の突っ込みを総無視しながら会話を続ける。


どうしようか、このままでは収拾がつかない。


まじめにが困った時、ふ、と思い浮かんだこと。


ずっと、伝えなきゃと思っていた事実。


早く話してあげたかったこと。


「兵太夫君も四郎兵衛君も、皆も聞いて!」


ぎゅうぎゅうと抱きしめられる四郎兵衛の腕から脱出することはかなわないのでそのままの姿勢で皆の視線を受ける。


「わあ、ちゃんモテモテだねえ。僕も混ぜて〜」


「ちょ、お願いですから話を聞いてくださいタカ丸さん。」


全力で話を脱線させようとするタカ丸にため息一つ。


そしてみる皆の顔。


まっすぐにそれらの目を見つめて、笑う。



「小平太先輩と仙蔵先輩は、覚えているよ。」



びくり、を包んでいた腕が震えた


「ちゃんと、あの世界のことを、あの時の記憶を」


大きく目を見開いた兵太夫。


くるり、四郎兵衛の緩んだ腕から抜け出して。

皆を見渡す。

ばちり、目があったタカ丸が、ふにゃり笑う。


「喜八郎も、滝も、三木も、思い出したよ〜」


その言葉に、ばっと四郎兵衛が泣きそうな表情を見せて。


「勘右衛門も三郎も、雷蔵も八左エ門も、な。」


今度はそれにきり丸が驚いたように顔をあげて。


「僕等二年生も皆思い出しましたし・・・」

「つまり、あとは・・・?」

久作が、左近が顔を見合わせて首をかしげる。


「六年生と三年生?」

「それから一年のい組とろ組、かな?」


三郎次の言葉を引き継いで、乱太郎が言葉を放つ。




兵助がまっすぐにを見つめて言葉を放った。


「後もう少しだな。」


それに、胸が詰まる。

ただ自分の自己満足のためだけに始めたそれが、人に感謝されることになるとは思ってなくて。

うとまれはすれど、認めてもらえなどしないと思っていたから。



「早く、もう一度皆で、笑いあいたいね。」



の言葉にふにゃり皆が笑った












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