ドリーム小説
記憶を辿って141 もう一度この瞳を開けるよ。
泣くのは自分を守るため。
周りからの干渉をそれ以上寄せ付けないように。
そして自分を壊してしまわないため。
いろんな感情を押しだすように。
泣くことで僕は僕自身をせめてせめて、そして僕を鎮める。
怖い怖いと目をふさいでしまえば、その場所に残るのは絶対なる安息。
安心できるその場所に、ただこの身を預けていたかった。
見えなければ、それはもうないものと同じこと。
だからこそ、いろんなものから目をそらして。
いろんな思いを捨て去って。
そうやって生きていた。
これから先も、そうやって生きて行こうと決めていた。
でも、出会ってしまったから。
僕のことを口にしなくても理解してくれる大切な仲間に。
かつての共犯者に。
出会ってしまえたから。
だから、もう一度この瞳を開けるよ。
伏木蔵と一緒に歩いていた駅前。
見つけたのは喜三太としんべエ
でもそれを見ていたのは僕らだけじゃなくて。
一人の女の人。
知ってる人じゃないけど、知らない人でもない、微妙な感じの人。
伏木蔵が突然話しかけるから驚いて、でも、その人は伏木蔵に笑って返事をしていて。
その姿にほっとした。
伊作先輩のことがあった時、僕が横にいたから。
その時の伏木蔵の滅多にない泣きそうな顔を見てしまったから。
そっと頭をなでてくるその手があったかくて、頬が、緩む。
しんべエが、喜三太が、びっくりしたようにやってきて、恐る恐る言葉を放つ。
懐かしいその声に、名を呼べば、ふにゃり変わらない笑み。
僕の名前を呼ぶ優しい声。
嬉しい、嬉しい、嬉しい。
その思いが溢れて溢れて
伏木蔵の楽しそうな瞳とかちあう。
ぱちくりと目を瞬かせて、でも、仕方がないなあと笑って。
タイミングを合わせて引き寄せた先輩。
近づくと甘い匂いのするその人に、柔らかくて赤いほっぺたに
ちゅ、
と軽い音と共にくっつけた唇。
ありがとう、言葉にしきれないほどの言葉を込めて。
真っ赤になった先輩がすっごく可愛くて、笑う。
笑うのに、声が出そうになるのをこらえて、そらした視線の先。
見つけた知っている人。
大好きな、優しい、恰好いい先輩。
動きだせない僕よりも先に喜三太が走り出して。
それに背中を押されるように僕も足を踏み出して。
飛びつくしんべエ。
名前を呼ぶ喜三太。
そして感じる違和感。
この人は、見た目が怖いこの人は、それでも僕等を見ればいつも優しく笑ってくれていた。
僕等のことを大事に大事に思ってくれていた。
それを知らないほど僕は無知ではなかった。
でも、今目の前のこの人はただただ困惑した瞳をさまよわせるだけで。
その意味がわからないほど、僕は鈍くはなかった。
「あー・・・すまん。お前ら誰だっけ?」
やっぱり
そう思うと同時にきりきり痛みを訴える胸。
「留三郎先輩、覚えてないんですか・・・?」
しんべエの言葉にぐっと言葉に詰まる留三郎先輩。
「僕たちのこと、忘れちゃったんですか・・・?」
喜三太の小さな言葉にびくりと体を振るわせて。
知っている人なのに、知らない人のよう。
「留三郎先輩」
思わず縋るように名前を呼んでしまった。
「お前らは、俺のことを知っているのか・・・?」
そっと、確かめるように留三郎先輩が言うものだから慌てて首を振りまくる。
その拍子に微かに滲んでいた視界が零れて。
「っ、ちょ、頼むから泣かないでくれっ!!」
慌てているその姿に、胸が痛いのに、懐かしくて。
「うう、先輩、僕たちのこともうどうでもいいんですかぁ・・・?」
喜三太の言葉にぴしりと慌てていた動きを止める。
「まてまてまて!!そのいい方はやめろ、なんか誤解が生まれる!!」
「あんなに楽しかった日々のこと、もうわすれちゃったんですね。」
焦ったような留三郎先輩に追い打ちをかけるしんべエ
なんだかんだで二人とも、ちゃんと何が起こっているのか理解していて。
それでもなお、先を望む。
「わーーーー!!ちょっとまてまてまてっ!!!」
周りからの視線に耐えきれなくなったように留三郎先輩が叫んだ。
「っ、必ず思い出すから、少しだけ待っててくれ!!」
へらり
覚えてないのに変わらないその先輩。
その言葉が嬉しくて。
きっと一人じゃできなかった。
声をかけることなんて、無理だった。
喜三太としんべエと顔を見合わせて笑いあう。
もうちょっと、もうちょっとできっとあのときみたいに名前を呼んでもらえるんだ、と。
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