ドリーム小説
記憶を辿って149 今すべきこと
「滝、今日の放課後、に会うよ。」
授業と授業の間の休み時間。
ふわり柔らかな髪を揺らして、喜八郎が私に言った。
「また突然だな。」
そう言ってくるということはついてこいという意味だと長年のつきあいから理解してる。
「タカ丸さんと三木も。」
「・・・二人も?」
「うん。仙蔵先輩も連れてきてくれるって。」
無表情ではあれど、実は分かりやすいこの友人。
かすかに柔らかな表情は喜びを表していて。
立花仙蔵。その人とこの世界であったことはない。
だが、喜八郎から話を聞く限り、あの世界と大差ないようで。
「あと、七松先輩も。」
ぽろり、なんてことないように話されたそれ。
理解するのが一瞬遅れる。
「七松、先輩・・・?」
頭の中に広がる暴君で頼りになる体育委員会委員長。
太陽みたいに笑うくせに、本能のままに生きていて。
恐ろしいほど獣じみた、大好きな先輩。
「うん。ちなみにその二人だけだって。」
ぽいぽいと簡単に情報を放り投げる。
主語が抜けたそれだけど、言葉の意味は理解して。
「・・・中在家先輩も・・・?」
「知らないんじゃない?」
それを聞いた瞬間、頭に走った危険信号。
笑顔あふれるあの先輩のそばに常にいたのは正反対の無表情。
委員会で大暴走した先輩をあっさり止めてくれたのは先輩の同室者。
忍務から戻ってきた獣をなだめてくれていたのは常より鋭いまなざしをこらえた図書委員長。
飼い主とペットのような、母と息子のような、大事な背中を預けあえるような。はたから見ていてもうらやましいまでの信頼を預けあうあの二人。
七松小平太先輩を形作るためには、あの人が、中在家長次先輩がいなければ、いけないというのに。
「喜八郎、悪い。今日はいけない。」
目の前、むっと表情を不満げに変えた喜八郎。
じとりとした視線がまっすぐにぶつけられる。
「七松先輩に会えるのに?」
確かにそれは嬉しいことだが、それよりも先に、やらねばならないことがあるから。
「ああ、すまない。」
「・・・私と一緒に行くよりも大事なこと?」
ああ、これは完璧にすねている。
足で地面をこすりあわせてむう、と唇をつきだして。
あのときから変わらないその癖に、ほっとして苦笑する。
「今は、な。」
「・・・勝手にすればいいよ。私はタカ丸さんと三木と手をつないで行くんだから。」
んべ、と小さく舌を出してきびすを返す。
あの二人に声をかけに言ったのだろう。
その背中は怒っていると言うよりも、しょんぼりして見えて。
「喜八郎。」
それを見送るだけは少々罪悪間が募ったので名前を呼ぶ。
「・・・・・・・・・何。」
長い間をおいて、ゆっくりと顔だけを振り向かせる。
「明日、好きなものおごってやろう。」
「・・・一日限定30個の食堂のおばちゃん特別プリン。」
「・・・がんばって買ってきてやる。」
むすりとしながらもしっかり要望は伝えてくる。
苦笑しながらも返事してやればうむ、と小さくうなずいて、また歩き出す。
「三個ね。」
「ちょ、それは・・・」
「よろしく。」
名前の通り一日30個のみの食堂のおばちゃん特別プリン。
口に入れればとろけるように広がる甘さ。
ふわり後を引く甘さではあるがしつこくはなく、まろやかさも含んでいて・・・。
とまあ、はっきり言って一つ手に入れるのすら難しい、というのに・・・!
ひらひらと手を振って、教室を出ていった喜八郎。伸ばした手は無情にも無視された。
がっくりと肩を落とすが、それよりも今日はやらなければならないことができた。
あなたは七松先輩のそばに、いてくださらなければ。
ぐっと伸ばしていた手を引き寄せて握りしめる。
窓の外に目をやって、三年生の校舎を見据えた。
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