ドリーム小説


記憶を辿って150  艶やかに挑発、後懇願







人と話すのが苦手で、自分の感情をうまく伝えることができない。

俺をみるすべての瞳が、俺を非難しているようで、目をあわせることができない。

楽しいと思っていても、それを表面に表すことができない。

そうして生きているうちに、人は俺に無口でクール、何事にも動じないなどという謎の人物像をつけた。

それを知ったのは高校に上がってからではじめ聞いたときはそれは誰のことだろうかと思った。


特に親しい人もできず、一人でいる方が気楽だと自分をごまかしてずっといままで生きてきた。

だというのに。


「中在家、長次・・・?」

俺を見た瞬間、驚きに染まったその表情。

次の瞬間にはまるでこの世界の幸せすべてを込めたかのような満面の笑みがその顔いっぱいにあふれて。


ひまわりのようなその笑みを、どこかでみたことがあったかのような錯覚。

初めてあったはずなのに、まるで慣れ親しんでいたかのような謎の感情。

身をゆだねればきっと楽になるのに、謎の感覚に自分を支配されるのが許せなくて、その笑みを、見なかった振りをした。


「中在家!バレーやるぞ!」

無視をしたというのに、その日からそいつは毎日毎日俺に声をかけてくる。

無視をしても何度も何度も俺を呼ぶ。

笑顔を浮かべる。

うるさい、と一蹴すれば、にぱり、笑いながらまた今度な!と走っていく。

意味が分からない。

何度も何度も声をかける割に、俺が拒絶の意を見せればあっさりと離れていく。

俺なんかじゃなく、他の奴に声をかければいいのにと思いながらも、毎日くるそれを心のどこか、楽しみにしている自分がいたりして、完全なる拒絶ができない。

離れていく彼が、その表情が、どんなに泣きそうな顔をしていたかなど気づきもせずに。

「仙ちゃん、どうしよう。」

放課後、図書室からの帰り道。

教室から聞こえてきた声。

それは毎日毎日うるさいほど聞く声で。
聞くつもりなどなかったのに思わず足が止まった。

「誰も、私を覚えていてはくれない。」

いつものあのにぎやかさはなりを潜めて。

ただそこにあったのは弱々しい嘆き。

ドアが閉まっていたから、誰に話しているのかは見えなかったけれど、それでもそいつにだけは心を許して離しているかのようで。

ずきりと、胸が痛んだ。

そんな声をさせたのは自分かと思うと、胸がひどくいたい。

自分にその心の内を明かせるようなことがないのだと思うと、ひどく、つらい。


思わず、名前を呼びたくなった。


不可解な感情。

謎の痛み。

それらどれもが、俺を浸食していく。

それは怖いはずだったのに、あいつの笑顔をみるためであればそれでもいいかと思ってしまって。


ああ、もう、嫌だ。

こんな感情疎ましい。


あれ以来、一度もあの弱った声を聞いていない。

いつも道理、俺の名前を呼んで、楽しそうにバレーボールに誘って。

俺が拒否すればじゃあまたなと去っていく。

その繰り返し。

それでも、あの弱々しい声が耳から離れなくて。

あの笑顔が、曇る様を思うだけで苦しくて。





「中在家長次先輩。」

放課後の中庭。

部活動の声だけが響くそこはゆっくりと読書をするには十分で。

意識を読書へと意識を落としていれば、不意に目の前が暗くなる。


ゆるり、視線をあげていけばそこには高等部の一年のネクタイの色。

整った顔とその眉が印象的なその生徒。

呼ばれたのは自分の名前であれど、その生徒に見覚えはない、はずで。

じわり

また自分の思考が浸食される感覚。

その不快感に顔をしかめれば、目の前の生徒がかすかに苦笑する気配。


「高等部一年、平滝夜叉丸と申します。」

ゆるり頭を下げる動作は至極自然で美しい。

ふわり、浮かべる表情は、似ても似つかないはずなのに、あれとかぶって。

「今日は一つお願いがあって参りました。」

初めて会うはずなのに、偉く堂々としたそのたち振る舞い。先輩であるはずの俺になんの躊躇もなく言葉を紡ぐ。


「七松小平太先輩をよろしくお願いいたします。」


鋭い瞳が俺を射抜く。まるですべてを見透かすかのようなその瞳は、まっすぐに俺に向けられていて。

「あの人は、ああ見えてとても臆病な人なんです。」

「自分から踏み込もうとするくせに、拒絶を感じればすぐに逃げ出す。それでもあきらめきれなくて再び動き出す。」


「野生の獣なのですあの方は。」

先輩であるはずのあいつをそんな風に揶揄して。

口の端を微かに上げて、艶やかに笑った。



「その獣の手綱を取れるのは、昔からあなただけでしたでしょう?」



挑発的なはずのその瞳には懇願の色がにじんでいた。



















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