ドリーム小説
記憶を辿って154 僕しか読めないだろう?
きれいな字を書くわねえ。
昔そういわれてうれしかった記憶がある。
まだ幼かったから、純粋にほめられてうれしかったのだろう。
そしてそれと同時に思っていたこともある。
字のきれいさでは絶対に負けない。
そう漠然と思っていた。
誰に対してかなんて、分からなかったのに。
算数が得意なのね。計算がとても速いわ。
小学生にあがってからよく言われるようになった言葉。
何を今更。
僕がどんなに今までそろばんをはじいていたと?
今となってはあまりにもおかしな思考。
でも、あのころはその考えに何ら疑問を持たなかった。
誰の字をみて、あんなことを思っていたのか
そろばんをさわりだしたのは小学校高学年だというのに、いつそれにふれていたというのか。
理解できないその思考。
小さな頃はなんら問題なく受け入れていたその思考が、今となっては恐ろしくて仕方がない。
この思考は誰のものだろう。
この思考は誰に向けたものなのだろう。
「佐吉っ!?」
廊下を歩いていれば呼ばれた名前。
それは確かに僕の名前ではあるけれど、それを呼んだのが誰なのか、残念ながらその声に聞き覚えはない。
ちらり、声が憩えてきていた背後をみて、見知らぬ顔であったから、そのまま気にせず歩みを続ける。
「ちょ、相変わらず無視かよっ、佐吉!」
それももう一度無視していれば、ぐい、と掴まれた腕。
音もなく僕の後ろにきていたそれは、思い切り僕の腕を引っ張って。
かすかな痛みを感じたので仕方なく振り返るとそこにはなんとも活発そうな、僕とは会わなさそうなタイプの少年。
眉を潜めて僕をうれしそうにまっすぐにみて来るものだから、なんだかいたたまれなくなって思わず目をそらそうとした。
が、
「佐吉!」
再び呼ばれた僕の名前。
「・・・おまえ何で僕の名前を知ってるんだ、というか勝手に名前で呼ぶな。」
あまりにもきらきらとするその瞳に耐えきれなくなって言い捨てるように言葉を捨てる。
「・・・なんで知ってる、と聞かれてもなあ。」
困ったような声。
うなるように、言葉を探すように、そいつは首を傾げる。
「何で知ってるといわれたところで、俺は佐吉を知ってるから知ってるんだ。ずっと前から、ずっと昔から。」
今まで困ったような表情をしていたのに、いきなり、にぱり、と笑うものだから驚く。
「おまえも、俺のこと知ってるだろう?なあ。」
笑っているのに挑むようなその視線。
思わず、む、とする。
こいつは本当にいつもいつも___
・・・いつも?
突如生まれた謎の思考。
それは恐怖となり得るものであったはずなのに、なぜだろう。
その感情は歓喜にも近くて。
がさり
目の前のこいつのポケットでがさりと音が鳴る。
「あれ?なんか入れてたっけ。」
自分のポケットのくせに何が入っているのか分からないのか。
ごそごそとでてきたのは一枚の紙。
それをちらり、見た瞬間、ぶわり、浮かび上がる何か。
ばっ、とそれを奪い取り目を走らせる。
「ちょ、何すんだよ、佐吉。」
特にあわてたこともなく、少しだけ驚いたように言葉を続ける。
本は真っ白だったであろうその紙に、まるでミミズが野たくったかのような、まるで暗号のような謎の黒い線たち。
でも、なぜか佐吉にはそれを読むことなど簡単で。
はあ、と一つため息。
きょとん、とする目の前のそいつ
「何だ?佐吉。」
「・・・まったく」
くつくつと、のどの奥から笑いが漏れる。
「え、ちょ、どうした?!佐吉!?変なものでも食った!?」
あわてるそれをそのままに、笑いは止まらない。
「まったく、団蔵はたとえこの時代でもこのきったない字のままなんだな。」
「!・・・でもおまえは読んでくれるだろう?」
「僕くらいしか読めないだろう?」
きょとりとした表情、そして照れたように笑う。
懐かしい友人がそこにいた。
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