ドリーム小説


記憶を辿って157 差し出すその手は誰のもの?









道を歩けば何もないところでこける

階段を上っていれば気がつけば落ちてる

廊下を歩いていれば人にぶつかる



もうそれらは日常茶飯事で、起こったところで驚きはしない。

またか、と頭の片隅で思いながら体の痛みをこらえて、起き上がる。




毎日毎日




その繰り返し。




今日もまた、気がつけば目の前に広がっている青い空をみてため息をひとつ。


体に走っている痛みはもう鈍さしか訴えてこない。


その場所は中庭で、授業の合間に頼まれた用事を行うために通っていただけだというのに。

なぜにこんなところに落とし穴とかあるの?

意味がわからないなあと思いながら、なんだかいろんなことが億劫になって横たわったまま空を見つめる。


ゆっくりと手を太陽にかざせばじわり、浮き出て見える血管。


もう一つため息をこぼして、その手で目を隠した。


  『おい、そんなにため息をついたら幸せって逃げるらしいぞ?』


小さく、小さく頭の片隅で響いた声は、それは誰の声だっただろうか。


痛む体をゆっくりとおこす。


  『また落とし穴に落ちたのか?まったく。怪我は?』

聞こえない声は、ただ頭の奥で繰り返される。



もちろん、そこに差し出される手などなくて。



呆れたように声をあげながらも心配そうに手を差し伸べてきたのは誰だったのか。



僕に何か起こるたびに、記憶の端々にあらわれるその声。

記憶の奥底にしまいこまれているようなその姿。



声は聞こえてきたそばからじわり、水に溶け行くように記憶から消えて。

姿は浮かぶのに、表情を、その顔を見る前に、ゆらり、陽炎のように歪んで。





君がいったい誰なのか。

僕をどうして知っているのか。



そんな問答はもう、飽いた。



求める答えはどこにもなくて。


見つけられないことに絶望して。


声も

姿も

顔も


名前も


何一つない手がかりを、


がむしゃらに探すことに飽きてしまったから。



きっとこれは夢なのだと、湧き上がる感情を抑えつけて

きっとこれはただの願望なのだと、滲みだす欲情を理解しないようにして




どんなに望んでも手に入らないそれらを



どうして望んでいられようか



手に入るのは空虚だけだというのに




















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