ドリーム小説
記憶を辿って162 せめて夢の中だけでも
ずっと恐れていたのは、拒否。
何よりも恐怖していたのは、否定されること
孫兵や、三郎。
彼らがに向けたそれらは、本人たちが手を差し伸べてくれたことで、の心に根を張る前に除去されて。
壊れそうに、恐怖で震えていたその心は、今にも粉々に崩れそうで。
小平太がを責め立てて、叫んだ。
ただ、その言葉がひどく鋭く、抜けぬまま。
ごめんなさいと、呟くことしかできぬまま。
皆に差し伸べられる柔らかな手に、縋りすぎていたことを、知った。
ずくずくと、膿むように痛みを訴える心臓。
それをぐっと手で押さえることで緩和させて。
そうして向かうのは、先ほどの彼が向かった先。
あの人が、何処にいるのか、まだこの学校に残っているのか、それすら分からなかったけれど、動かずにはいられなくて。
校庭を、中庭を、教室を、見てまわって。
そうしてたどり着いたのはこの学園が、見渡せる場所。
開けた扉の先。
そこに、もう諦めていた後ろ姿があった。
キイ
小さく音を立てた扉に、ゆっくりと振り向くその姿。
じろり、ひどく恐ろしい目つきを向けられたそれに、少しだけ後ずさりそうになるその体を叱咤する。
「誰だ。ここに何の用だ」
端的に、簡潔に、問われたそれ。
口が、凍ったように動かなくなる。
否定されることが、あまりにも怖くて仕方がなくなる。
それでも、脳裏に浮かぶ、小平太の泣き出しそうな表情が、の背中を押した。
「潮江、先輩。」
零れた言葉は、情けないことに震えていて。
それでもひとつ発せれば後は連なるように言葉は続く。
「お願い、です」
微かに眉が寄せられたのが見えた。
「忘れてもいい、です。」
フェンスにもたれかかっていた体がゆっくりと起こされる。
「思い出さなくてもいい」
鋭い瞳が、ただ、の口を黙らせるかのように向けられる。
「お願いです」
背中から汗が噴き出る。
これは、殺気、だ。
それでも、告げねばならないことがある。
「小平太先輩のことを見なかったことにしないで!」
叫ぶように告げたそれ。
確かにあったはずの文次郎との距離は、ほぼ、零。
「いらないことを、するんじゃねえ。」
ぐっ、と耳元で低く呟かれたそれは、恐怖を増進させて。
肩に置かれた手が、痛いくらいに食い込む。
身長差から、上からの威圧感。
「俺は、あんな奴、知らねえ」
気がつけば、そこに文次郎の姿はない。
ただ、ひやりとしたコンクリートが、じわじわと足もとからわき上がってきて。
ぼろりぼろりと零れる滴。
雨が降っているのかと空を見上げるが、そこにはただ、夕焼けに近い鮮やかな空が広がるだけで。
「。」
誰もいなかったはずのその場所。
ふわり、優しく呼ばれるのは自分の名前。
同時に体に回る温もりは、冷えた体をゆるりと溶かす。
「、泣かないで。」
そっと呟かれたそれに、ようやっと先ほどの雫が自分の涙だと知る。
目の前に広がる紫にこの温もりが誰のものなのかを知る。
「喜八郎、先輩、」
名前を呼べばうん、と小さくつぶやきが帰ってくる。
「本当に、奴は仕方がないな。」
頭上からの声が、ぽんぽんとの髪をなでる。
「仙蔵、先輩・・・」
「すまないな、。文次郎のやつが。」
なだめるように、落ち着かせるように。
柔らかなそれらに、鈍い思考が、余計に回らなくなってくる。
「本当に、潮江先輩、どうしてくれやがりましょうか。」
もう一つ聞こえたまだ、幼い声が、後ろからぎゅう、と抱きしめてくれて。
「兵太夫・・・」
温かなそれらに囲まれて、ゆるり、瞼が落ちそうになる。
「・・・?」
小さく囁かれるように呼ばれた名前。
それに返事を返すこともできないまま、神経を極限まで使ったその体は、純粋に休息を求めた。
「・・・おやすみなさい、先輩。」
どうか、どうか、せめて夢の中では皆が幸せであればいいのに
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