ドリーム小説


記憶を辿って171 深く深く頭を下げて


















遠く離れた距離でも、すぐにわかった。



その人は、あのときと変わらぬ存在感を醸し出していたから。




広い背中

おおらかな笑顔

楽しげな表情

心強い、強さ

私たち後輩を守ってくれていた、その人は

今もなお、私の中、ひどく強い存在で



あの学園にはいったばかりだった私を、初めての後輩だからとかわいがってくれた。

一人迷子になっていた私を、まだ小さな体で探しにきてくれた。

実習がうまくいかず落ち込んでいるとき、細かいことは気にするなと慰めてくれた。




実習で初めて人を殺めたとき、この人の強さをみた。




何度も何度もくじけそうになるたびにその笑顔に救われた。


そして



最後に対峙したそのとき、尊敬するこの人の手で逝けることに、心の底から感謝した。




「小平太、先輩・・・?」

遠い距離。

はっきりと姿が見えた訳じゃないのに。

ただ、その後ろ姿を見たとき思わず口が勝手に動いていて。

ずっとずっと追いかけていたその背中だから。


本当に小さな声だったのに、小平太先輩は、それに気がついたように振り向いて。


「滝」


その口が、確かにそう動いて。

私の名前を呼んだ。


あのときと変わらない笑顔で

あのときよりも短くなった髪で。


強い視線が、私を射ぬいて。


駆け寄って、お久しぶりですと叫びたかったのに。


それよりも先に、体は動いた。



深く深く


頭を下げて。


あの人に、小平太先輩に


心の底からの感謝と尊敬を込めて。



「いっけいっけどんどーん!!委員会の花形、体育委員会!いけどんでがんばるぞー!!」



ぼとぼと瞳からあふれるそれを見られたくはなくて、頭を下げたままでいれば、小平太先輩のおなじみのかけ声が聞こえてきて。

それにつられて顔を上げれば、泣きそうに笑った小平太先輩がいた。
右手を高く突き上げて、確かにまっすぐに私を見ていて。

周りがざわざわと何事かと先輩を見る。

その所為か、こんなところで涙を流す私に向けられる視線はなくて。


まっすぐに向けられるその視線。

変わらぬその姿。


尊敬せずにはいられないその存在。


すっと右手を挙げてみせれば、
太陽のようににかりと下笑みを返された。



「何を泣いてるんだ。」

泣いているのに笑っている。そんな不可思議な私に声をかけたのは三木ヱ門で。

「・・・滝。」

背中からずしりと体重をかけてきたのは喜八郎。

「大丈夫?滝。」

心配そうにこちらをのぞき込んでくるのはタカ丸さんで。


ぶわり


感情がぶれる

あふれる



あの世界で、もう二度とかなわないはずだった、未来がここにある。

大事な仲間と共に、また笑いあって、話し合って。


温もりを感じることができている。


「わわ!滝?!」

「ちょ、何でいきなりそんなに泣くんだ!?」

「滝、号泣〜」


どうしようもなくあふれた感情

あふれだした感情は、止められることなどない。

ただただ、こぼれ落ちるそれに、

慌てる三木ヱ門も

困ったように笑うタカ丸さんも

無表情で私の頭をなでる喜八郎も


愛しくて、どうしようもなく、うれしくて。

これはきっと奇跡としか言いようがない


忍であった自分は神など信じない。


それでも、それでも、この気持ちを、
感謝を、喜びを


この世界にいないであろうその存在に


叫びたくなった。

















※※※※
すでに体育祭当日です。
後もう少しでこの長編も完結できそうです
もうしばらく生温かく見守っていただけると嬉しいです









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