ドリーム小説
記憶を辿って181 大丈夫、それはひどく曖昧な言葉
「あ!作兵衛先輩だあ!!」
桃色に、数馬に示された方向に足を動かしていれば突然呼ばれる名前。
まだ幼いその声色は、あまやかに緩やかに耳に入りささくれだった心を優しく落ち着ける。
「わあ!作兵衛先輩、お元気ですか??」
立ち止まってその声の方向を向けば三つの小さな姿。
ふくふくと温もりにあふれた笑顔を浮かべる子がぱたぱたと駆け寄ってきて抱きつく。
「っ、」
突然の温もりに反応できずにそれを甘受すればぎゅう、と強くへばりつかれて。
「しんべヱずるい〜」
それに対抗するようにふにゃりと笑う子がぺたりと背中にくっついてくる。
「平太もおいでよ〜。」
きゅうきゅうとうれしそうに楽しそうに背中にひっつく子がもう一人を呼ぶ。
かすかに戸惑うその子は少し悪い顔色をこてりと傾げて口を開く。
「作兵衛先輩、僕たちのこと、わかりますか・・・?」
おそるおそる、言葉を選ぶように問われたそれ。
俺はおめえらを知らない。
それが答えであるはずなのに、口が動かない。
のどに言葉がへばりついているような、感覚。
何よりも、このうれしそうに笑う子どもたちの表情を、悲しみへと変化させることなどできるはずもなく。
「お、れは・・・」
思わず答えることができずにどもれば、不思議そうにこちらをのぞき込んでくる二つの顔。
そうして俺に問いかけてきた子どもは悲しげに、でもふにゃりと笑って。
「しんべヱ、喜三太、作兵衛先輩用事があるんだよ。じゃましちゃだめだよ。」
へばりついたままの二人をなだめるように呼び寄せる。
「そうだねえ。作兵衛先輩、こんどたくさん遊んでくださいね!」
「ね!先輩、約束ですよぅ〜」
ふにゃり笑いと共に離れていく温もりたち。
先輩先輩
耳の奥で耳鳴りのように響く。
先輩先輩
それは誰に向けられたもの?
それは誰が呼んでいるの??
ふにゃり笑う表情が、素直に可愛いと思えない。
それは誰に向けられているもの?
俺は、俺はっ___
「作兵衛、か?」
不思議そうな声。
同時に頭に置かれる微かな重み。
その温もりが、ふわりふわり、柔らかく頭をなでる。
ぶわり
湧き上がる何か。
脳裏に浮かぶ幾つもの影。
目の前の、小さな子たちが、水色をまとって楽しそうに笑って。
俺の、頭を撫でているのは、深緑の___
『作兵衛』
頭の中のそれが俺の名前を無遠慮に呼んで。
俺はそれに笑って___
ばしり
気がついた時には、その頭の重みを振り落としていた。
温もりが、懐かしいと感じるとか、そんなこと思いたくなんてないというのに。
「作兵衛?」
振り向いた先、不思議そうに首をかしげる上級生。
切れ目の瞳は鋭く、俺を射抜く。
でも、俺は知っている。
その瞳はいつでも俺たちを優しく見守ってくれていたと。
ああ、もう、どうすればいい?
知らないと、口を開けるほどに、俺の頭は感情は鈍感ではなく。
かと言って、知っていると思いだせずにいるままその体に飛びつけるほど素直ではない。
結局、一番楽なのは知らないと突っぱねることで__
「ああ、そうか、作兵衛もか。」
振り払った手は微かに赤く、放たれる言葉は柔らかく。
まっすぐに俺に向けられる視線はとてもとても温かく。
言葉の意味を理解するよりも、その瞳を見つめることに気を取られて。
「大丈夫だ、作兵衛。」
本日二度目の大丈夫。
一体何が?
何に対して?
だいじょうぶというの?
無責任なその言葉に思わずかっと頭に血が上る。
「っ、何がいいったい大丈夫とかぬかしやがるんですかっ!!」
無理矢理絞った言葉はまっすぐに、その人へと向く。
後ろ側にいる小さな子たちが微かに体をすくめるのが感じられて余計にいら立つ。
大丈夫とか、聞きたいのはそんな意味のわからないことじゃなく。
もっと、具体的なもの。
「大丈夫だ作。」
だというのに、二度目の言葉は念を押すように同じもの。
「俺も、同じだったからお前と。」
小さな子たちを、喜三太を、しんべエを、平太を呼び寄せて。
「こいつらに会って、知らない自分が生まれて」
ぎゅう、と抱きしめて。
「こいつらから逃げて。」
頭をなでまわして
「それでもあきらめなくて、手を伸ばした。」
優しく名前を呼んだ。
「そうしたら結果が見つかったんだよ。」
目つきは悪いのに、その瞳は柔らかくて泣きそうになる。
それをみてからりと笑ってその人はくしゃりと俺の頭をなでた。
「一個アドバイス、してやるよ。」
頭の中、浮かぶその表情が、笑みが
目の前の人のものと、かぶる。
「体の望むとおりに動いてみろ。」
鋭い目つきは、生れつきで、それでも俺たち後輩をとても大事に思ってくれていたひと。
いつか離れる平和な場所、その場所でつかの間でいいから安寧をと
全力で俺らを愛してくれた人。
「といっても受け売りだけどな。」
そう言ってその人は、留三郎先輩は、笑った。
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