ドリーム小説
記憶を辿って186 悲しい涙はもう終わり
勘右衛門たちに引っ張られて、そうして連れてこられた中庭。
泣きながら笑ってる左門に抱きつかれている作兵衛。
その顔は困ったように、でも嬉しそうで。
三之助が二人を見てけらけらと笑っていて。
それを取り囲む、孫兵たち。
その光景は、ずっとずっと、望んでいたもの
その光景は、ずっとずっと、待ち焦がれてきたもの
「全部、のおかげだよ。」
引っ張られて繋がれたままだった手。
勘右衛門が優しく手を握りなおして、ふわり、柔らかく言葉と紡ぐ。
ぽたりぽたり
零れる涙はもう悲しみではない。
音もなく零れるそれに、横にいる勘右衛門が苦笑したのを感じて。
でも、それを止められるはずもなくて。
ずっとずっと望んだ景色がここにある。
「っ!」
溢れだすいろんな感情が抑えきれずに顔を伏せれば呼ばれた名前。
同時に広がる温もり。
体中がぎゅう、と締め付けられて、目の前が一杯になって。
「」
呼ばれる名前。
それは自分のもの。
柔らかな感覚。
それは、誰の腕?
先ほどの慰めるような落ち着かせるような、そんな抱擁じゃなくて。
嬉しくて、仕方がないと、感情を一身に込めるように。
痛いほどのその力が、どうしようもなく、感情を揺さぶって。
「、ありがとう、、」
何度も何度も、繰り返される自分の名前。
それがじわりじわり、胸に沁み込んで。
溢れる涙は目の前の服に吸収されて。
「つぎや、くん、」
答えるように名前を呼べば、さらにぎゅうと抱きしめられて。
「ちがう、。三之助、だ。」
力が込められるごとに、自分の中でいろんなものが消化されていく。
自己満足なこの行動。
否定されることを恐れて、それでも自分がやりたいように動いて。
非難の言葉。
向けられる嫌悪の瞳。
泣きはらした目。
くじけそうになるたびに、向けられた優しい視線。
柔らかな言葉。
感謝の感情。
共に頑張ろうと、差し出された手。
それは何度も何度も。
怖くて怖くて仕方がなかった。
もうやめてくれと、思い出させないでくれと。
その言葉が怖かった。
「、。」
ぎゅうぎゅうと強くなる圧迫。
手を、その背中にまわして、縋りつくように、その胸に顔をうずめて。
「ごめんなさい、」
勝手なことをして
「でも、ありがとう」
思い出してくれて。
これでもかというくらいの強い抱擁。
それが、今、ここで起こっていることが事実だと教えてくれて。
「・・・三之助離れろ。」
ふいに離れた圧迫感。
同時に息がしやすくなって、目の前が開けて。
ゆっくりと涙で腫れぼったい眼を開ければどことなく気まずそうな作兵衛。
ぽろぽろとまだ零れる雫をこわごわと、作兵衛の指がぬぐう。
「ごめん、。」
視線をそらして、言葉を噛みしめるように。
ゆるり、うろついていた視線が、ゆっくりと、合う。
「ひどいこと言って、ごめん。」
ゆるり、滴をぬぐった手が、そのまま頬にずらされて。
「ありがとう。」
両手で頬をはさんで、こつり、おでこを合わせて。
泣きそうに、とてもとても綺麗に笑った。
「っ、わ、」
突如、がくん、と後ろからの衝撃。
慌ててそちらを見れば、腹辺りに巻きつく腕。
頭の上ふわふわと綺麗な銀色が揺れるのが微かに目に入って。
「え、え?」
何事かと思わず言葉を漏らせばむう、と唸るような声。
「なんで泣いてるんですかぁ?」
ぎゅう、とまわされた腕が強くなる。
耳の横でささやくようにすねるように。
それは年相応の声色。
「三之助先輩が泣かしたんですか?」
「俺じゃない、作。」
「え?!俺!?」
質問に三之助はあっさり作兵衛を突き放す。
思わず動揺した作兵衛。
まあ、確かに初めにを泣かせた原因は作兵衛だが。
「富松先輩、」
ゆるり、穏やかな口調は咎めるように。
「め、ですよ」
にっこり。
そんな効果音と共に作兵衛に突き付けられた人差し指は作兵衛の顔ぎりぎりのところに存在していて。
「わ、悪かった・・・。」
思わず、そんな感じで漏れた言葉にこれまたにっこりと彼、四郎兵衛は微笑んだ。
「ええと、四郎兵衛君、なんでここに?」
離れる気配が見えない四郎兵衛にデジャブを受けながら、こうなれば仕方がないと問いかける。
「んん、また三之助先輩が迷子になってるかも、って今金吾と小平太先輩と探してたんです。」
三之助が、迷子になるのは俺じゃない、とか呟いていたのは気のせいだきっと。
「そしたら」
くい、との体が後ろに引かれる。
腹周りにあった手が、の顎に触れる。
上向きに、見上げるような体制。
視線に映る、青い空と銀色の髪。
そしてえらく妖艶な笑み。
「先輩が泣いていましたから。」
至近距離のその言葉は非常に心臓に悪い。
ばくばくと音を立てる心臓をそのままに言葉を紡げずにいると今度はふわあり、とてもとても柔らかく四郎兵衛は笑った。
「僕、先輩には笑っていてほしいです。」
ぶわり、いつの間にか止まっていた涙の代わり、顔に熱が上がるのは仕方がないことだろうこれは。
「え、う、あ」
口をパクパクとさせているとぐい、と今度は横から腕を引っ張られる。
「時友。それくらいにしておけ。」
どうじにぽすりと背中に当たる温かなもの。
穏やかな落ち着いた声。
「伊賀崎、君。」
名前を呼べば呆れたようなクラスメイトの姿。
「もなんでそんなに__」
「わわ、三之助先輩、重い、です!」
孫兵の言葉にかぶせるように聞こえてきたのは四郎兵衛の声。
見れば、四郎兵衛の背中から三之助が抱きつき、頭に顎を置いている状態だ。
「おお、懐かしいなあ、これ。」
しごく満足そうな三之助の表情。
重いと言いながらもどこか嬉しそうな四郎兵衛の顔。
あったかいこうけい。
思わずふにゃりと歪んだ表情に、一番近くにいた孫兵がため息をつく。
「わわ、」
そのままぽんぽんと柔らかく頭を撫でられて、珍しいその行為に思わず声を上げる。
「ありがとうな・・・。」
始めて下の名前を呼ばれて、慌てて振り向けば赤い顔。
思わずこちらまでつられて赤くなる。
「可愛い。」
それはそれは楽しそうな声。
ぐりぐりと頭をなでまわされて。
見れば勘右衛門。
同時に三郎。
「わわ、勘右衛門先輩、三郎先輩、」
ぐわりぐわりとかき回されて。
でもそれは嫌ではなくて。
後ろでもにこにことする雷蔵に八左衛門。
柔らかく笑うのは兵助。
止まったはずの涙がまた溢れそうになる、その温もり。
「いっけいっけどんどーん!」
「ぎんぎーん!!」
校庭の方から聞こえてくるのは、例の声。
あの場所で、あの箱庭で、響き渡っていたあの声だった。
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