ドリーム小説
記憶を辿って50 私を脅かす存在
おかしな奴。
それが私、平滝夜叉丸から見た綾部喜八郎という存在だった。
顔立ちは整っている。
伏せ目がちな瞳は、周りの女子たちの視線を集めていて。
それは私も同じではあるけれど、綾部喜八郎の場合はこう、儚げというのがあっている気がする。
授業中はぼおっと窓の外を見ていることが多くて、まじめとは言えないのに、当てられればなんのためらいもなく正解を答える。
目立っているわけではないのに、独特の存在感で、その場所に色濃く存在する。
かと思えば、いつの間にか姿を消していて。
始めて会ったのは入学式の日。
新たな世界が私の前に開かれたその時、綾部喜八郎は私の前に立っていて。
それこそ、何の気配もなく、ただ、そこにいた。
そしてゆっくりと私の名前を呼んだのだ。
その瞬間のことはなぜか今も覚えている。
綾部喜八郎に呼ばれた自分の名前がまるで、別物のように思えて。
思わず何かよくわからないことを口走りそうになった自分を違う言葉で押し込めた。
そして、泣きそうな君を見た。
心に残ったのはとてつもない罪悪感。
同じクラス、同じ場所を共有しているのに、まるで綾部喜八郎の前に私は存在していないかのようで。
あまりクラスに溶け込んでいるように見えない彼に話すようになってからは、話すことも増えたけれど、
そのたびに、どこか遠く私ではない何かを見ているような気になる。
周りに関係を問われれば、友だと告げてはいたが、そのたびに綾部喜八郎の何の感情も見えないまっすぐな瞳にさらされて、怖くなった
そう、私は怖かったのだ。
綾部喜八郎という存在が
私の何かを脅かすようで。
「一つ年は下ですが、今のあなたに私を捕まえられはしません。」
止める間もなく外されたネクタイは目の前の彼女の手の中。
まっすぐに私を見てくるその瞳。
知らないはずなのに、何かを叫びたくなるような、そんな違和感。
「取り返したかったら、私を捕まえてみてください。平滝夜叉丸先輩」
知らないはずの名を、この子は呼んだ。
それも、何度も呼び慣れているかのようにあっさりと。
だめだ、だめだ、
この少女も綾部喜八郎と同じだ。
ぞくりと背筋が冷える。
体中が凍りつくようなその感覚。
それから正気に戻る前に、もうその少女は姿を消していて。
するり、首筋をなでられる感覚。
びくりと驚いてふりかれえれば、いままで見たこともないくらいの強い瞳を綾部喜八郎は浮かべていて。
「ねえ、」
それに続く言葉が何一つとして想像できなくて、私はただぞくりとする背をおさえるので精一杯だった。
「私も待っているだけはやめる。」
さらり、空いていた窓から流れ込んだ風が、綾部喜八郎の髪を揺らす。
「覚悟しててね、滝。」
自分の中の何かが壊れてしまいそうで、怖くて怖くてたまらなかったんだ。
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