ドリーム小説
記憶を辿って55 今はまだただの夢
とても幸せな夢を見た気がした
ふわり、意識が上昇する。
温かな陽だまりの中、沈んでいた感覚がゆっくりと戻ってくる。
そっと開けた瞳の先、空は微かに赤く色づき、夕刻を示すものだと悟る。
「っ、寝すぎた、」
思いのほか深く眠りこんでしまっていた自分に驚き、慌てる。
そして、起き上がろうとした瞬間、体にかかる重みと温もりを知る。
「な、に?」
まだ完全には覚醒しきっていない頭でその正体を探る。
起き上がれば、ころり、転がっている誰かの体が目に入って。
「ん、・・・」
微かに身じろぎしつつも、それは、それらは起きる気配なく。
「・・・次屋くん、と、」
金色の前髪が特徴的な三之助。
そして、もう一つ、水色のネクタイが目に入って。
ふわふわさわり心地がよさそうな茶色い髪。
風に揺れる様は綿毛のようで。
「・・・。た、しか・・」
手繰り寄せた記憶。
繋がらない記憶を手繰り寄せて名を探す。
確かにその水色が存在していたことを知ってはいるけれど、名前が出てこなくて。
「猪名寺乱太郎、ですよ。先輩。」
突然かけられた言葉に驚く。
振り向けばそこにも一人、水色ネクタイ。
にこり、笑いながらさくさくと足もとの草を踏みつけ近づいてくる。
さらり、風に揺れる髪はまっすぐで綺麗だ。
まるで、彼の作法委員会の委員長のように。
「僕は笹山兵太夫です。先輩の名前をお聞きしても?」
その瞳が不敵に細められる。
「、です。」
あっけなく漏れ出た自分の個人情報。
それは彼のその笑みにつられるように。
「、先輩ですね?」
にっこり
今度は年相応の可愛らしい笑み。
これはなんというか、見事なまでに年上の女の方々にもてるだろうと思わずには居られなかった。
さくり
との最後の距離を詰めて目の前、それこそ目と鼻の先に兵太夫はいた。
にこり、笑顔はそのままにの顔を覗き込むように姿勢を下げる。
「ん〜、先輩、どこかでお会いしたことありませんか?」
じっと近い位置で見つめてくる黒い瞳。
その視線がそらせないまま、そんな言葉をかけられて。
はたから見れば、ナンパのようにも聞こえるそれだが、の中では全く違う方に転換されて。
「笹山くっ、」
「校内で堂々とナンパ?今年の一年はたちが悪いみたいだな。」
呼ぼうとした名前は後ろから回された腕によって掻き消えて。
後ろにいたのは一人の人物。
目の端には黄緑色のネクタイ。
十中八九、それは彼で。
「あ〜あ、残念。せっかく可愛い先輩に会えたのに。」
ふう、と小さなため息をついて兵太夫はようやっとと距離をとって。
そうして、その瞳を鋭くゆがめた。
「・・・無粋なまねはよしてくださいよ、先輩。」
その殺気にも似た気配に体が高ぶる。
しかし、それよりも今は口元を覆っている三之助の腕が邪魔で仕方がない。
むごむごと話せないままその腕の中で暴れればあ、という軽い声のあとようやっと楽になる呼吸。
「まったく。掃除当番なのに何処にもいないと思ったら、こんなところで寝てるなんて。」
兵太夫の方は、もうこちらには用がないとばかりにもう一人の水色を突っつきだして。
「いなでら、らんたろう。」
小さくつぶやいたその名前は確かに知っている名前。
きり丸と一緒の部屋だった子。
残念ながら、接触したことはなくて。
だからこそ名前も出てこなくて。
「ん・・・、っ!?」
兵太夫がいくらつついても寝返りを打つだけの乱太郎にいらりとしたのだろう。
あっさりと彼は友人であろう彼を簡単に蹴り倒した。
それも結構な勢いで。
それにはさすがに寝てもいられないだろう。
乱太郎は慌てて飛び起きた。
「っ、なに?!」
きょろきょろとあたりを見回して何も変わったことがないことに首をかしげて、そして気がつく。
「乱太郎、掃除当番だったよね。」
目の前ににこりと笑いながらも怒気をあらわにしている兵太夫の姿が。
「兵太夫・・・ええと、なんていうか、その・・・」
必死で何かを言い訳しようと口をもごもごさせるが、その間にも兵太夫の瞳は変わらないままで。
「・・・ごめん。」
結局何も言えぬまま、乱太郎は項垂れてへちょりと謝る。
まるで子犬のようでかわいらしい。
「はあ、まったく。」
ため息とともにそんな言葉をこぼしながらも、その表情はしょうがないなあ、という感じで。
「行くよ、乱太郎。」
その言葉に慌てて立ち上がって、一歩進んで、そうしてようやくこちらに気がついたみたいに慌てて振り向く。
「ごめんなさい、お姉さん!気持ちよさそうに寝てたから思わず一緒に寝ちゃいました。」
えへへ、と頭に手をやって照れくさそうに笑う。
そうしてが返事をする前にぺこり、頭を下げて先に言って待ってる兵太夫に走り寄って行った。
「先輩、それではまた。」
ふわり、笑った様は本当に某作法委員会のもののようだった。
※※※※※※
兵太夫は覚えてないですが。
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