ドリーム小説
記憶を辿って59 穴
中庭にあいていた穴。
それは記憶と違わぬもので。
懐かしいと思うと同時に、これがあの子の掘ったものだということを実感する。
なによりも蛸壷を掘ることを楽しんでいたあの子が、ここにいるのだと。
さわり、流れた気配は、知らないけれど記憶にはあるものだ。
はたはたと駆けて行くその気配。
かといって、どうということもなく。
あの子が記憶を持っているかどうか、それは今の私にとっては比較的、気にならないことで。
だって覚えていたところで、それを確かめるすべなど持っていない。
そう思っていたのに。
戻ってきた気配。
同時によく知った懐かしい気配。
振り向いた先、そこにいたのは、大事な後輩。
「き、はち、ろう・・・?」
つぶやいた瞬間、風のようにふわりとした感触。
腰に抱きつくように現れたのは愛しい存在。
静かに涙を見せながらぎゅう、と力の限り私に抱きついてくる喜八郎。
地味にいたいものだ。
だが、この子の気持ちもわからないでもないから。
ぎゅう、と同じように抱きしめ返してやった。
「そうか。お前もか。」
私を、特に喜八郎が落ち着くのを待っていてくれたのは、という少女で。
この世界では二度めではあるけれど、あの世界で幾度か接触している。
それも、おそらく彼女にしてみれば気まずい形で。
あの時、はじめてのことを、彼女は私として。
私は彼女にとっての初めて相手で。
「お久しぶりです、立花先輩。」
その小さな体はあの時と変わらずこの腕の中におさまるだろう。
あの時のことを覚えているだろうに、それを顔に出さないのはさすが元くのいちといったところか。
「ああ、久しぶりだな。。」
その名を呼べばふにゃり、安心したように笑う。
「」
先ほどまで私の体に抱きついていた喜八郎が今度はの方へと標的を変えて。
「わ、」
ぎゅう、とその小さな体をその腕で抱きしめた。
抱きついた。
「ちょ、喜八郎、先輩?」
ぐえ、と潰れた蛙みたいな声はなんともいえない。
苦しい苦しいそう言ってるにもかかわらず喜八郎は離れようとはしない。
そう言いながらもは喜八郎を引き離そうとはしていない。
しかたがないなあ、とそんな表情だ。
「・・・滝。」
喜八郎の口から漏れ出たのは彼の旧友。
あの時は常にそばにいた二人。
でも今はいない。
「滝にも、こうやって抱きつきたい・・・」
それは本当に心の底から思ったのだろう。
ぎゅ、と再びに抱きついて、ようやっと距離をとった。
「だからね、もう知らないままでいさせないよ。」
ふわり、それはまるで罠をかける時のような艶やかな笑み。
その笑みにあのころに比べ変わらぬものに安堵した。
「もう一人いるぞ」
バイトに行かなければと慌てて動き出したに向かって放った一言。
一度眼を見開いただが、おそらく誰のことかわかったのだろう。
そっと頷いて笑った。
早くあいつの心をときはなってやってくれないか
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