ドリーム小説





記憶を辿って74  ようやく見つけられたんだ









兵太夫に縋るように先輩は涙をこぼした。


私は記憶を持っていたわけじゃないから、先輩の痛みはわからない。

でもどんなに苦しかっただろうと思う。

声に出したところで、それは伝わらなくて。

知っていたところで、知っているだけで。

その人を知っているのに、向こうは知らなくて。


ぞくりとした。


もしも、私を知っていてくれる人を、私が覚えていなければ?


ぎゅう、と胸が痛くてたまらなくなる。


焦燥感


私はまだ知らない人がたくさんいる

思い出せない人がたくさんいる



でも、それでもいいと思っていた。



けど、それじゃだめなんだ



だって、私は私のことを___





先輩が慌てて兵太夫から離れた、と思ったら私と衝突して。

目の前の木が近づく。

走るであろう痛みに体がこわばる。

同時に引っかかった服からこぼれおちる金属音。


ちゃりんという軽い音



そして引っかかった記憶。


  『乱太郎』


誰だったっけ

私の名前を呼ぶのは

なんだったっけ

この引っかかるのは




ふわり

風が走る。

それは私めがけて。

否、私の足元をめがけて。


一瞬のうちに目の前に現れたそれは、蒼がかった黒髪を持っていて。

その切れ目の瞳を小銭にかえて

楽しそうに笑う。


ああ

君は

この時代でも



ぶつかって座り込んだままの私と視線が、あった。






君のままなんだ




「久しぶり、きりちゃん。」


びくりと震えたその体。

怯えを含んだその瞳。


そっと伸ばした手は、まるで恐れるように遠ざかる。




君が覚えていないかもしれないなんてこと、少しも思わなかった。

ただただ、君の泣きそうな顔を見ているのが悲しくて。


きりちゃんの瞳がゆらり、さまよう。

そうして向けられたのは先輩。

縋るようなその瞳は、まっすぐに先輩に向けられて。


でも、その瞳を向けられた先輩はふわり、笑った。



「きり丸君。大丈夫だよ。みんな思い出してる。」



その言葉に、恐る恐るきりちゃんが振り向く。

本当かどうか、言葉にしてもまだ不安なのだろう。


臆病なところは本当に変わらない。


「きりちゃん」


もう一度、確かにはっきりと呼んだ名前。

その名前の持ち主はようやっと、私の手を取った。


「きり丸!」

直後。

ぐえ、と蛙の潰れるような音。

その後ろにはしんべエ。

しんべエに押しつぶされるようにきり丸は蹲る。


「久しぶりだねえ。元気だった?」


そんなきり丸をものともせず、ほえほえと笑うしんべエに、いろんなことがどうでもよくなった。


「きりちゃん、しんべエ、こうやってもう一度会えてうれしい。」

「僕は?」

横からむっと不服そうな声。

一人ぼっちを、仲間はずれを嫌う君の声。

「もちろん、嬉しいよ。」

そう言えば、満足げに頷く。

「兵ちゃん、それに団蔵に金吾もね。」


兵ちゃんの後ろ。

きり丸が走ってきた方向、

目をやれば肩で息をする二人の少年。

名前を呼んだ瞬間、ふにゃり泣きそうに眉をひそめた金吾

目があった瞬間、楽しげに笑った団蔵。


正反対の二人の反応が、懐かしかった。


























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