ドリーム小説





記憶を辿って80  彼の傷はずっとずっと深い















入学式以来、教室に来ていない。

それは聞いていたけれど、あいつが雷蔵がいる学校に来ていないはずがない。

そう思ったのは間違いじゃなくて。


ひょこり、検討をつけて立ち入り禁止の屋上に顔を出す。

その場所にもちろん彼はいない。


でも、気配はある。



「はろお〜」



屋上に出てその上、給水塔。

かんかんと梯子を上がったその先。

横たわっていた目的の人物の前に手を振って覗き込む。

その人物は一度眼を見開いて、微かに目をさまよわせて

そして俺を無視した。



「あ、ひどいなあ。」


よいしょ、と登りきって寝転んだままの三郎の横にひょいと座り込む。

しかし、それでも三郎はこちらを見ない。


「もしも〜し?」


そっぽ向いてる三郎を覗き込もうとすれば、ふい、と再びそっぽを向く。

まるで子供みたいにすねてるように見える。


どうしようかねえ。


まったくもって見向きもしない。


「空が青くてきれいだねえ。」

返事はなし。

「あったかくていい日だ。」

もちろんなし。

「ほら鳥が飛んでるよ〜」

反応なし。

「可愛いねえ。」

ちゅんちゅん、と人懐こそうに近寄ってくる鳥。


「こんなのみたら、きっとあいつが喜ぶだろうね。」


頭に浮かべるのは銀髪ぼさぼさ頭の生物委員。

微かに、本当に微かにぴくりと体を動かした三郎を横目に言葉を続ける。


「なあ、鉢屋三郎さん。」

名を呼んだことで、さらにぎくりとこわばったのが見えた。

「学校来てるのに、教室には行かないの?」

まるで天気の話をするみたいに、振った話題は、彼のお気に召すものではなかったようで。


「初対面のやつにそんなことを聞かれて答えるとでも?」


つっけんどんな、全てを否定するような言い方。

あの頃初めて会った時と同じ反応。

変わらない三郎に、思わず笑みが漏れそうになるのを抑えて、

言った。


「初対面じゃないだろ?」


こんどこそ、大きく体を震わせた三郎に追い打ちをかける。


「長年の付き合いじゃないか、な?」



振り向いた三郎。

鋭い眼光。


「なあ、三郎」


それはあの頃のよう。


「なにが言いたい、勘右衛門」


三郎の体からあふれ出る、殺気。

それは、まっすぐに俺に向けられていて。


「雷蔵に会いに行かないの?」


そう問えば、一瞬で三郎の殺気は収まり、かわりに痛いまでの冷たい瞳が向けられた。

「私に会いに行けと?あの雷蔵に?記憶を持たぬままのまっさらなあいつに、会いに行けと言うのか?」

答えないままその瞳を見つめ続ければ、細められる三郎の眼。



「会いに行けばいいのに。」


再度はなったその言葉に、三郎の姿が描き消える。

「っ、」

気づいた時には蒼い空が目の前いっぱいに広がっていて、さらり、雷蔵に似た髪が目の前で揺れるのが見えた。

首元に感じる圧迫感。

目に見えないほどの速さ。

この時代、必要がないはずのその力を、どうしてまだ持ち続けているの?

もう俺は持っていないその力に、まだ君は縛られ続けているの?


目の前の三郎のその瞳がぐっと、何かをこらえてるみたいで。


「あんなにも共に過ごした時間を、知らぬふりをして?そうして、はじめましてとまた始めろと?」

ぐっ、と首にさらに強く押しつけられる腕。

「雷蔵に覚えていてもらえない私など、何の価値があると?」

振り絞るように、絞り出すように。

出された声はひどく感情を揺さぶる。

逆光になって見えない顔。

ねえ、三郎。

君は今どんな表情をしているの?


そんな表情をするくらいならば


「思い出させようよ。」

俺の言葉に微かに腕を揺らす。

「いつも一緒にいたじゃないかって。言いに行こうよ。」


「会いに行こうよ。」


その言葉に俺の首の圧迫感は消えて。

次の瞬間、首の横に叩きつけられたこぶし。

鋭い衝撃が、地面を伝って頭に走る。


「っざけるなっ!!!」


今までの感情全てを爆発させるように響いた声。



「そうして?この手を赤く染めた記憶を呼び覚ませとでも言うのか?!」


込められた感情は、怒り。


「思い出せというのか?!」




「っ、・・・自分が人殺しだった時の記憶を?」





最後の一言は、まるで自分に言い聞かせるようで。

その言葉を述べて、そうして三郎は全てをあきらめたみたいに屋上から去って行った。




そんなの俺だってわかってるけど、それでも、思い出してほしいんだよ。


あのときみたいにもう一度。



ぎゅっと、手のひらを握り締めて、三郎の去ったドアを見つめる。


そのとき



「なあ、勘右衛門」



後ろからかけられた声は、


「今のもっと詳しく聞かせてくれよ?」


いつもの笑みを隠した八左衛門だった。















※※※※※
五年のターン!


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