ドリーム小説
記憶を辿って86 本当の、ところは
「くくっ、鉢屋か。相も変わらず難儀な性格をしてるようだな。」
が相談するように持ちかけた話は、そんなふうに軽くいなされて。
「仙蔵先輩、ちゃんと聞いてくださいよ。」
机を拭く手を止めて、む、とは睨む。
開店前の定食屋の下準備には追われていて。
小平太が用事で遅れてくるということを告げに、仙蔵がここに来たのだ。
この定食屋の主人であるの伯父とも小平太を訪ねここに来るうちに顔なじみになったため、この場所にいることをとがめられはしない。
「不破先輩は絶対に忘れてることなんかないって、どっかで思ってしまっていたみたいです。」
そんなことはないのに
三郎がに向けた視線を思い出せばまだ恐怖がよみがえる。
この世界では普通に過ごしていればありえないほどのそれ。
昨日勘右衛門と共に八左衛門にはなしをして、少しだけ進んだように見えたけれど、結局のところどうすればいいかなんて思い浮かばなくて。
「・・・どうすればいいでしょうか・・・」
「、間違えるなよ?」
ぽつり、つぶやけば帰った答え。
見ればまっすぐな鋭い視線がを貫いていて。
「誰もかれもがあの頃を思い出すことを望むと思うな。」
それはが望んでいた解決策ではなく。
鋭い視線がを射抜く。
「私とて、同じこと。思い出してほしいとは思うがそのためにあの頃の苦しい世界を記憶によみがえらせてほしいとは思わない。」
綺麗なその瞳はそれでも確かに痛みをもっていて。
思い出してほしい
思い出してほしくない
それはどちらも本当で、どちらもどうしようもないくらいエゴな考え方。
このまま手を出さずにいれば彼らは思い出すことなどないかもしれない。
何も知れないまま、あの頃自分の手でやったこと、それらを知ることなく一生を終えることができる。
でも、それでももう一度あの頃のように、親しげに笑いあい、喧嘩しあい、名前を呼び合えるのならば
そんな可能性にかけてしまう。
それでも
それでも
ただ願うのは
「私はただ、もう一度あの光景を見たいんです。」
馬鹿みたいに簡単なことで喧嘩して
怪我をして怒られて
ため息をつかれながら、反省しながら手当てされて
それでも背を預けあったら強くて頼もしくて
迷子になった友を探しまわって
それでも見つけた瞬間怒りながら安堵して
そんな光景をもう一度見たいのだ
・・・・・・でも、それは本当で嘘。
本当はあの頃は入れなかったその場所に、私という存在を入れてみたくて。
あの場所に自分が存在してもいいのだという許可が、ほしくて。
きっと、この世界で、誰よりもあの時代にとらわれているのは
自身。
思い出してくれないと、自身が動けないから。
思い出してくれないと、一歩を踏み出せないから。
なんて、浅ましく、ひどい、エゴ
「あまり、思いつめるな。」
ぐるぐるぐるぐる悪循環する思考を止めるように、仙蔵がの頭をそっと撫でた。
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