ドリーム小説
記憶を辿って87 次はその首を、
心臓が痛い。
今さら、どうしてお前が出てくるんだ、勘右衛門。
もういいと、全てを捨ててしまおうとしていたのに。
あいつが、雷蔵が俺を認めてくれないのであれば、俺はこの世界で生きている意味がないというのに。
学校には、ずっと来ていた。
でも、その前に姿を現す勇気がなくて。
もういいか、そんなあきらめの気持ちがずっと強くなっていく。
毎日学校に来て、そして一目雷蔵を見て、それで終わり。
屋上に来て、一日の終わりを待つ。
なのに、なあ。
どうしてよく知った気配が
近づいてくるの?
どうして、お前が、俺の名前を呼ぶの?
この世界では話したことないのに、その懐かしい声で、あの頃と同じそのまっすぐな目で
俺を見る?
『思い出させようよ。』
『いつも一緒にいたじゃないかって。言いに行こうよ。』
『会いに行こうよ。』
その言葉に揺らがなかったと思うな。
それをどんなに切望しているか、頼むから知らないままでいてくれ。
自分の身勝手で、思い出させるなんて、そんなことしたくなどないのだ。
あんなつらい記憶、あんな人殺しの記憶。
知らないままそのままで。
穢れのないそのままで。
雷蔵、君はただ、この世界で誰よりも平和で存在していてほしいんだ。
だから、頼むから、勘右衛門。
いらないことをしないで。
勘右衛門を抑えつけた掌が、ひりひりと痛む。
まるで俺の咎のように。
痛みをこらえるように、否、その痛みを体に刻むかのように、さらにるよく手を握り締める。
と、目の前から現れた新たな影。
それは慌てていたのだろう。
軽く俺にぶつかったかと思えば、そのまま後ろへと倒れていく。
その先は階段だ。
咄嗟に掴んだ腕。
ネクタイの色から中等部だとわかる。
ちゃんと地に足をつけたのを見届けて、手を離す。
「気をつけろ。」
ただ一言それだけいってその場所を離れようと、したのに。
「鉢屋三郎、先輩・・・?」
名を、呼ばれた。
この学校で、俺の位置は、確立しているわけではない。
俺のことを知っている物など、少ないというのに。
「誰?」
怪訝そうに振り返ったその先。
見えた顔。
あの時の、あの学園に存在していたその姿。
一瞬で、意味を、理解した。
勘右衛門が、突然動き始めたわけを。
「お前か」
体中から溢れる怒り。
「勘右衛門にいらないことをいったのは、お前か。」
いらないことをしたのは。
俺の問題に、勝手に手を出そうとしたのは、お前か!!
俺の葛藤を、
あの時の痛みを、
なぜもう一度思い出せと!?
あの時を、忘れたまっさらな雷蔵に、まら傷つけと!?
なぜ部外者のお前が、手を出すのだ!?
溢れた怒りは忍びとしてはあってはいけないことなのに、なかなか思うようには行かなくて。
伸ばした手が、目の前の女の首に届く。
と、次の瞬間、女はそこにはいなくて。
驚きと恐怖とでいっぱいいっぱいであろう女。
「へえ、動きはやいじゃん。」
くつり、笑いがこみ上げる。
一応、ちゃんと、忍びだった、というわけか。
ならばより一層、知っているだろ?
「俺は今の状態でいい。余計なまねをして、雷蔵の記憶を思い出させたりしたら___」
次は、その首を、へし折ってあげよう。
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